男の言い草は露骨だ。恥ずかしげもなく愛の言葉をささやくので眉間に皺が寄る。愛していると直球だから困ってしまう。変化球を受け取ることには慣れていたし、長けていた。だけれどこんなに真っ直ぐな言葉は知らない。
いらない。
必要ない。
「愛してるぜ、アーチャー」
今日もまた顔を近づけられて、だというのにくちづけもすることなくささやかれた。吐息が耳朶をくすぐる。本当に苦手なのだ。
いっそ殴りつけるなり罵るなりの乱暴さならよかった。それなら耐えられた。いや耐える、だなどと生易しい。
無視できた。
「おまえはなにを毎日毎日期待して通っている?」
「期待なんざしてねえよ。ただ本心を言いに通ってる」
「見返りがなくとも結構だと?」
「ああ。……愛してるぜ」
なにもしない。肩を抱けばいいのに、頬に触れればいいのに、髪を梳けばいいのに、くちづければいいのに。そうしたら、嘲笑ってやる。結局はおまえも欲の虜だと。自分を棚にあげて嘲ることができる。嘲ることは得意だった。得意になった。得意にならなければ、ならなかった。
男は紳士的だったのかもしれない。愛しているとその言葉を投げつけるのに躊躇がなくて、暴力的でも。野蛮でも。
ぞっとした。もっとしてほしいと思ってしまった。そんなことはいけない。うっかり飢えたりなどしては、いけないのだ。耐えろ。出来るだろう?いい子だ、と自分で自分をたしなめる。と、男の声でそれが聞こえてきて、思わず腰が砕けかけた。
「アーチャー?」
不思議そうな声が聞こえて、初めてそこで触れられる。すくい上げるように腰を抱かれてしめたと思った。
これで拒絶できる。
「ランサ、」
「ほら、どうした。しゃんと立て。な?」
顔が近づいてきてぎょっとした。なんてあっけらかんと近づいてくるのだろう。欲情を期待したのに、なんてことだ。……ほら、ここでキスのひとつでもしないか。そうしたら抵抗できるから。頼むからそうしてくれ。その手を離して、無理矢理に奪うといい。早く。
はやく。
「ラン、サー」
「アーチャー?」
「…………―――――」
男は目を閉じなかった。こちらからのくちづけを驚いたような顔で受けて、そして真面目な顔つきになった。その顔がたまらなく端正で啄ばむように唇の表面に何度もくちづける。開かない唇に焦れて何度もくちづけた。声を上げながら舌先で軽くノックする。足りないのかと思ってその舌先も何度も湿らせてみた。それでも開かないから、赤い部分だけではなくて白い肌も舐めた。
赤い唇というのはおかしな生き物のようだと思う。そこだけがまるでひとつの独立した生き物のように動いて、なまめかしい。
勝手に開いて勝手に閉じて、勝手に濡れて勝手に乾く。飢える。満たされる。
青い髪を掴んで引いて、もっと傍へと引き寄せた。男の赤い目は相変わらず開いてこちらを見ている。さて、どうしてこんなことになったのだろう?
冷たい体に熱を入れた男自身は、なにを湛えているかわからない瞳でじっと見つめてくる。火をつけたくせに、スイッチを入れたくせに自分はなにもしていないといった顔で浅ましいくちづけを受けている。
スイッチを。
早く、誰か切ってくれないか。
そうしたら元に戻れるから。この伸び切ったばねを早く切ってくれ。寸断してくれ。
「ランサー」
「どうした」
「言ってくれ、もっと。愛していると。そうして私を壊してくれないか。そうすれば、あるいは私は」
止まれるかもしれない。
そう言うと男は目を細めた。意地悪く笑う。
「言ってやらねえ」
「……え」
「いいじゃねえか、どうして止まる必要がある? なあ、アーチャーよ。オレはおまえの望むことなら大抵のことはしてやろうと思うぜ。だけどな、ほしかった相手が自分の腕の中に飛びこんでこようとするならどうしてそれを自分の手で止める必要がある? ねえだろうが」
愕然とした。
今度は男にスイッチが入ってしまった。鋼で出来ているのはこの身だけでいいのに、男までもが発条仕掛けの罠にかかってしまった。
「卑怯だけどな」
それでもいいや。
まるで子供のように男はつぶやいて、ようやっと唇を寄せてきた。
これで嘲ることができるはずだったのに、おかしくなってしまった体はもう、言うことを聞かずに男のなすがままになってしまった。



発条仕掛けで発情した体はもう元に戻らない。



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