「…………」
んー、などと言いつつランサーはアーチャーの胸元に顔を押し当てて、目など閉じている。
「……そんなところになど立て膝で座らずに、隣に来たらどうだ?」
困ったように言うアーチャーに、ランサーはんー、とまた気のない返事を返す。
あくまでその目を閉じたままで。
「いや。おまえがよきゃ、こうしてたいんだが」
「……何故」
「心臓の音に。欲情する」
「…………」
返事に困る。それがどういう意味の欲情なのか。アーチャーにはよくわからない。けれどランサーにそれを聞いてもきちんとした答えは返ってこないだろう。
だから、アーチャーは天井を見つめてため息をついた。
「好きにするがいい」
と くん。
やや、鼓動が乱れたのを感じ取ったのか。
ランサーはようやくまぶたを開けた。
「その言葉、確かかアーチャー?」
「確かだとも。どうせ君を止めたとしても聞かないのだろうし……」
「止める気もない、か?」
信用されているのかいないのか、とひとりごちるとランサーは一度すり、と顔を心臓の、まさに真上に擦りつけて回した腕に力をこめた。
「苦しかったら言えよ」
「侮られたものだ。私とて弓兵のサーヴァントの身。それくらいの拘束など苦痛でもないさ」
「言ったな?」
歯を見せて笑うと、ランサーはさらに腕に力をこめる。アーチャーは少し呻いたが、それからすぐに同じように笑い始めた。
動物の子供同士がじゃれあうように、ふたりは声を立てて笑った。
とく ん。
「―――――」
胸の。
尖りに、布の上から齧りつかれて、アーチャーは一瞬息を止める。笑い顔が、真顔になった。
当然鼓動が乱れる。
それを歯で。布の上から舐め上げた舌で感じたとでもいうかのように、ランサーはそこに執心し始めた。
とく。
「ラン、サー」
「あ?」
「…………」
名を呼んだもののどうすればいいのかわからなくなって、アーチャーは口をつぐむ。
ランサーは再び目を閉じて、その場所に執心する。左胸の尖り。左胸の。左胸。
鼓動。
が、発される場所。
「眉間の皺」
言われて、はっとする。眉根を寄せて、眉間に皺を作っていたことに、その言葉で気づいた。
「……癖になってんだろ」
「見ずともわかるのか、君は」
「大体な」
また、齧りつかれて鼓動が乱れる。ならば、とアーチャーはつぶやいた。
「ならば」
そっと、その片手でランサーの目元を覆ってしまう。
「……ならば、この先の私の痴態とて……見ずともわかるのだろう?」
がじり、と強く噛まれてアーチャーは自由な方の手でランサーの肩を掴んだ。
噛んだまま、ランサーは不明瞭な発音でたずねる。
「見られたくねえか」
「出来れば」
「いいな。その声、ぞくぞくする」
「君のその、声だって同じだ……」
それなら、とランサーはやっとそこから口を離してささやく。目を閉じたまま。
「それなら、その声と鼓動でオレを満足させてみせな」
アーチャーはじっとランサーの顔を見たまま。
こくり、とうなずいた。確かに、うなずいたのだ。
その瞬間、あ―――――とかすかな母音がこぼれた。後ろに回されたランサーの指が背骨を数えるように布地の上からゆっくりと辿り、かと思えば窓ガラスについた雫のごとくなめらかに滑り落ちていく。
ぞわぞわぞわ、と奇妙な感触に、足の指が丸まった。
顎がくっと上を向いてしまう。
「アーチャー」
声、と急かす声がする。アーチャーは背筋をなぞられる感覚に呻きながら、口を開けた。
「……ん、あ……っ」
とたん漏れた己の声にかっと耳が熱くなる。だが、それさえ刺激になる。
「う……くっ、んっ、ん、」
堪えようとして、堪えきれなくて、漏らしてしまう。まるで自分が何も出来ない子供になったような気がした。ランサーに促されるまま、従うしか出来ない子供。
口端が吊り上がる。
なんて自分にぴったりな表現。
「―――――!」
と、強くまた胸を責められて足の指がもがく。ランサーは目を閉じたままそこを舐め、しゃぶり、齧りなどしながら、その合間にアーチャーに語りかけてくる。
「言っとくけどな」
「っは……、……?」
「人が見てねえからって自虐するんじゃねえぞ」
「…………どうかな…………っ」
お見通しか。
小さく笑い声を立てたアーチャーに、どうかなじゃねえ、とランサーがつぶやく。ボタンすらその衝動の対象にしてしまいながら、剣呑に歯を光らせて。
「オレに抱かれてるだけで自虐なんてするもんじゃなくなるだろ。オレに愛されてるだけで誇れるってもんだ。なんせオレは」
光の御子様、だからな?
冗談めかしてそう言うと、ランサーは背骨を辿っていた指先を奥へと滑らせた。湿って、色濃くなった褐色の肌の上で白い指先が遊ぶ。
肉と骨と、どちらをより慈しんでいるのかわからない愛し方で、ランサーは指を滑らせる。そろそろとその指先はアーチャーの肌の上を辿っていく。
はやく、だなんてねだりそうになってしまってなんて欲張りなと思う。
ランサーは約束通り目を閉じていて、おそらくは気配だけでアーチャーを愛撫しているのだ。体の凹凸を指先と、てのひらで―――――そう、てのひらまでもが肌を辿り始めた―――――確認しながら。
そこまでさせておきながら、早くしてくれだなんてねだるのは欲の皮が突っ張っていると言うしかない。
だから、
「……アーチャー……?」
ランサーの肩にかけていた手を外すと、アーチャーはランサーの手に指を這わせた。やや汗ばんで湿った皮膚、だがアーチャーのものよりはさらさらとしている。
その手首を掴んで。
首だけで振り返って後ろを確かめ。
ランサーの指先を、肝心な箇所へと、誘導しようと試みた。
「―――――っ、はあ、」
けれどもどかしい。他人の手を自分の手のように動かせるわけがなく、ランサーの手首を掴んだ手は震えてひょっとするとそのまま取り落としそうだ。
わからない。もう、目を開けて自分を見てほしい。あの赤い瞳で、貫くように自分を見て、そうして触れてほしいとアーチャーは思った。 だが、言ったのは自分だ。目を閉じたまま抱けと。
そしてそれにランサーは応じた。それならば。
「さ、わって」
だというのに、アーチャーの口は。
「触ってくれ、」
意に反して、ねだるように動いてしまう。
「目を開けて、もっと私に触ってくれ、ランサー……」
すると。
目の前が、青い色彩でいっぱいになった。
アーチャーは軽く混乱する。手首を取り落とさなかったのは幸いと言えただろう。よっぽど触れてほしかったのか、アーチャーの手はランサーの手を固く握っていた。
「いいのか」
近くで、響くように声が聞こえる。
「目を開けた。だけどこのまま閉じることも出来る」
熱い体温が体全体を包んで、ああそうか、とアーチャーは遅まきながらも気づく。抱きしめられていたのかと。
なだめられるかのように。
「もう一回聞くぞ。いいのかアーチャー」
さらさらと青い髪が黒いシャツの上を滑っていく。
アーチャーはうなずこうとして、
「ああ」
ランサーが言っていたことを思いだして。
声に出して、はっきりと、言った。
「いい。好きにしてくれ、ランサー」
君に好きにされたい。
そう、言ったのだった。
さらさらと髪の感触。視界を埋めていた青が引いていき、白く整った男の顔になる。
そうして。
待ち望んでいた、赤い瞳がアーチャーをきつく見つめた。
アーチャーも、その赤い瞳をきつく見返す。
そのあいだ、手は止まっていた。アーチャーの手はもう、ランサーの手を掴んではいない。だというのにランサーは。
「おい……!?」
アーチャーの手首を掴んで、ランサーの手首へと導いた。アーチャーは慌てる。なにをしようというのかと。
「ランサー、君……!?」
「何素っ頓狂な声出してやがる。言っただろうが、好きにしてくれって」
「そ、れは」
確かに言ったが。
「オレは聞いたぜ?」
ああ、言った、が。
どうしてそんなにうれしそうに言うのだろうか。
「なら、“好きにさせろ”よアーチャー。オレの言うとおり、オレのするとおりに従ってみせろ」
出来るだろう?と。
あんまりにもあんまりなことを。
あんまりにもうれしそうな顔で、言われてしまって。
後ろ髪を尻尾のように振りかねないような、そんな。そんな、顔、で―――――。
言われてしまっては。
「……やれやれ」
仕方ないな。
だなんて、つぶやくしか、アーチャーには出来なかった。
「だが、ランサー。その、なんだ。……いきなり、というのは、私の体にも負担がかかる。だから、」
「あ?」
「だから、…………して」
「なんだよ、聞こえねえよ。もっとでかい声で」
「だから! そんな大きな声で怒鳴り返されては聞こえる声も聞こえないだろう、たわけめ!」
アーチャーはランサーの手を使って、ランサー自身を殴る。ぽかり、と間の抜けた音がして、いて、なんてやはり間の抜けた声をランサーが上げる。
それきり押し黙ってしまったアーチャーを怪訝そうな顔をして見ていたランサーだったが、
「……そうか、忘れてたぜ」
ぴんときた。
そんな顔で、アーチャーに体を寄せてきた。これ以上密着出来るのか、とやや焦った顔をするアーチャーにぶらり、と手首を預けたままで意地悪く笑って。
「濡らしてやらないと、ならなかったよな?」
だなんて。
そんなことを。
意地の悪い笑みで、言ってのけてしまった。
アーチャーは息を呑んで、真っ赤になり。うつむくが、ランサーは器用にその顔の下に回りこんでたずねる。
「な?」
「…………」
「そうしてやらないと負担がかかるってな―――――自分で言えるたあ、いい子じゃねえか」
言って、ランサーは。
アーチャーに掴ませたままの、その白い指をアーチャーの口元に運んだ。
「アーチャー?」
口を開けなさい、と。
命じられた気がして、アーチャーは眉間に皺を寄せる。
ランサーを見れば、面白そうな顔つきでアーチャーを眺めていて。
はあ、とため息ひとつ。
アーチャーは、ランサーのその長く白い指先を、口内に含んだ。
なんの抵抗もなく―――――と言ってしまえば嘘になるけれど。
そう、抵抗はなく。
ランサーの指を、舐めて、吸って、濡らした。
「っふ……う」
自ら進んで一本、二本とその指先を増やしていく。咥えて、舌を絡ませて、三本目―――――というところで。
「おいおい、そりゃ欲張りすぎだろ」
「……あ」
「積極的な分には問題ねえけどな」
まあ、無理するな、なんてことを言われて指をとられた。白い指先と唇のあいだを糸がつなぐ。
「さて、と」
「な……!?」
急に体をひっくり返され、腰の辺りでわだかまっていたスラックスの生地と下着を握らされる。逆の手は、濡らしたランサーの手を。
「下に履いてるもんをおろして、欲しがってる場所に早くオレの指を入れてやんな。中断したような形になっちまったが、まだ欲しいんだろ?」
「―――――!」
ぐ、と一瞬だけアーチャーの手首を握るランサーの手に力がこもる。しかし、すぐにそれはやわらいだ。
アーチャーは。
ぶん、と壊れた人形のように一度大きく首を縦に振ると、一気に膝裏まで手を下ろした。ランサーがヒュウ、と口笛を吹く。
「これで……いい、のだろう……?」
「充分だ」
さあ、と後ろから耳元にランサーがささやく。アーチャーは肩越しに後ろを振り返りながら、そこのラインにそってランサーの濡れた指をゆっくりと、じわじわと。
奥へと向かって、進めていった。
「…………くっ」
加減がわからない。じわじわと指先は進んでいく。鼓動はもうとくん、なんてかわいらしい音を立ててはくれない。どくどくどく、と息をするのも邪魔しそうなほどひどい高まりを見せている。ここか―――――そう、思った瞬間。
「あ―――――!」
一気に、最奥までランサーの指でアーチャーのそこは貫かれた。濡らしておいた二本で。
思わず外れそうになった指先が、ランサーの手で元に戻される。
「よかったなァ……ずっと欲しがってたもんがやっともらえたな、アーチャー?」
「…………! …………っ」
「けど、それだけじゃなんだろ? 好きなように動かしてみな。……見ててやる」
「……そこまで、は……っ」
「ん、無理か?」
見たかったんだがな、なんて言いつつランサーはアーチャーの手を解放した。アーチャーがやや面食らうほどあっさりと。
「……させない、のか」
「余裕がありゃさせるさ。だけどな、オレにその余裕がねえんだわ」
残念なことに、と。
そう言ってランサーは、服の下からさっき散々弄んだ左胸に触れると奥へと入れた指と共に動かし始めた。
「ああ、いい音鳴らしてやがる―――――」
それが、下肢から聞こえる濡れた音なのか。
それとも、どくどくとうるさい鼓動のことなのか。
アーチャーにはわからなかったし、“それを聞く余裕もなかった”。
弱い場所を抉るように指先で探られ、シーツの上に突っ伏してあられもなく声を上げ始めてしまったのだから。
いっそひどい男のように、ランサーは深くアーチャーをなぶる。けれど、アーチャーはそれに満足していた。
そうして、いつのまにか抜き去られた指の代わりに押し当てられた熱に遠慮なく体を震わせた。
「力抜けよ……」
低いつぶやきと共に、指では届かない奥まで。
侵入してきた熱いものに、アーチャーは獣のような叫び声を上げていた。


「……君は、程度というものを知らないのかね」
「知ってるぜ。ちょっと忘れてただけだ」
「まったく……」
ベッドの上に重なって横たわり、事後の余韻に荒く息をついていたアーチャーは長いため息をつく。
「まあ、今回の件については私も同罪と言えんこともないからな……」
強く言えんのが悔しいよ、と素直なままの気持ちを口にした。
「はは、同罪か。そりゃいいな」
こう、そろって手首に縄つけてくださいって?
「…………」
「なんだ。怒らねえのか、いつもみてえによ」
こう、たわけー、とか。
「そんな力などないわ、たわけ……」
「おお、それだそれそれ」
それがないとやっぱりな、だのと言っているランサーの後ろ髪を引っ張って、アーチャーは抗議に変えた。
「それで、よ」
「なんだね」
「―――――よく回る口とは逆に、きつく締まってオレを離さない口はどうしたらいいんだろうな? アーチャーよ」
「…………」
沈黙。
その後で。
「散々、私は言ったはずだ」
「へえ、なんて?」


「……好きにすればよかろう!」


そんなアーチャーのせりふに、ランサーがどうしたかは知れない。



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