そろそろ冬だというのに、ひなたにいればこんなに日差しは柔らかく、あたたかい。
ランサーは目を細めながらごろりと横向きになっていた体をあおむけにし足を組む。縁側はこの時間、日差しの恩恵を受けられる唯一の場所だ。そんな時間に若者たちがそろって出かけているというのは、実に都合がよかった。
「ランサー……」
「あ?」
「あ? ではなく。……その。これは、やはりまずいのではないかと」
「なにがだ」
顔を見上げてやるとアーチャーは気まずそうに鋼色の瞳を曇らせて、視線を逸らす。アーチャーはランサーと関係を持ってから、真っ向から見つめられるのにひどく苦手意識を持つようになったらしい。キスをするにも大変だ。
懸命に顔を逸らそうとするのを、顎をとらえて逃がさないようにしないとならない。不意をついてしてしまえばいいのだけど、だけど、それはなんとなくランサーの気に食わないから、やらない。
何でも、するならば合意の上でというのがランサーの性分だ。出来る限りは合意で。
……あんまりにも嫌がられたら、少し傷ついて強引な手に出てしまうときもあるけれど。
基本的には、合意で。
「これだって、おまえがいいって言ったからやってるんじゃねえか」
だからおまえだっていやじゃないくせにおれだけがわるいみたいに、
「え?」
「なんでもねえ」
本心を暴かれそうになるとアーチャーはこれもまた懸命に抵抗するから、ランサーは適度なところで踏みこむのをやめる。これで何故、関係を持つまでに至れたのかランサーも不思議に思う。あのときはきっとなにかが狂っていたのだろう。
まあ、深く考えるのはやめだ、とアーチャーの膝枕の上でごろり寝返りを打ってランサーは庭を見つめる。庭には物干し竿。昼のうちに干されたシーツが風にはためいている。
石鹸の匂いがランサーの元まで届いてくるようで、思わず大きく息を吸いこむ。するとアーチャーがく、と小さく声を立て笑った。
「……なに笑ってんだ」
「ああ、いや。すまない。その……なんだか、微笑ましく見えてな」
まるで子供のようだった、と。
そう言うから、ランサーは赤い瞳を半眼にした。
「なにを」
おまえが子供みたいなくせして、と内心で毒づく。いつでもつんと澄ました皮肉屋なくせに、弱いところをつつかれると泣く寸前の子供みたいになる。その弱いところを必死になってかばっているから、本人はばれていないつもりだろうが周囲にはばればれだ。
アーチャーという男は、本当におかしなやつだ。
だが、そこが気に入った。
だから、関係を持つまでに至った。手を取って、ランサーの傍までたぐり寄せて。有無を言わさず抱きしめた。
それから後のことは、正直あまりよく覚えていない。ひどい男だと言われそうだが事実だ。
溺れていたから。
ランサーが、アーチャーに。
体に?と聞かれればそうだと答えられるし、存在に?と聞かれても答えは同じだ。アーチャーという男は本当におかしなやつで、たった一度きりの関係でランサーを虜にした。例えるなら泥に沈むように、ランサーはアーチャーの虜になった。
気がつけば進退窮まるところまではまっていたと。そう言うしかない。
抜けだせなくなっていたのだ。しぐさ、声、反応、泣き顔、媚態、そのすべてに捕らえられた。
気づいたときはぞっとした。
今では、それもいいかと思っているが。
くあ、とランサーはあくびをする。すると困ったような声が上から降ってきた。
「ランサー」
「大丈夫だって。……出かけたばっかだろ? そんなすぐには帰ってこねえよ」
「君はそう言うが……なにが起こるかわからんのが、」
「運命だ、ってか?」
本当によく口が回る。本当によく、へりくつを言う。
「見つかったら見つかったでかまわねえじゃねえか。なんなら、見せつけてやりゃいい」
「な……!」
かっと褐色の肌が赤く染まる。その色合いが、ランサーは好きだ。
だからにやりと笑って上半身を蛇のように起こした。
頬に触れるといつもは冷たい肌がやや熱い。芯から熱を持つ、その温度も好ましい。
すっかり捕まっちまったな、と内心で苦笑しつつひとりごちて、ランサーはゆっくりと頬を撫でてやった。
「アーチャー」
アーチャーは答えない。鋼色の瞳が、困ったように揺れている。
眉間の皺が泣きだす寸前の予兆に見えて、ああ、と思う。
泣いてほしいような。泣いてほしくないような。どっちなのだろう。いつだって懸命に泣くのを堪えているようだから、たまには素直に泣いてほしいとも思うし、こんな穏やかな日差しの中で泣いてほしくないとも思う。
めちゃくちゃだな、と口の動きだけでつぶやいた。
「……だらしねえ」
一体いつから自分はこんなに相手に振り回されるようになってしまったのだろう。
ほしいものは必ず手に入れる、奪ってみせる、自分の好きにする、そんな男だったはずなのに。
それなのに。


くちづけた頬は強張っていた。ぎゅうと固く閉じた目をゆっくりと開いて己を見たアーチャーに、ランサーは笑いかける。
「今日はこれくらいにしといてやるよ」
だから、そんな顔すんな。
太腿に手をついて立ち上がると、頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
「ラ、ンサー?」
「ガキに無理矢理手出しするほど、オレだって鬼畜じゃねえ」
「だ、れが……!」
「おまえだ、おまえ」
乱れた髪もそのままに噛みついてくるのをかわすように、すこん、と額を指先でつついてやればまともに食らって大きくのけぞる。
うあ、と無防備な声がおかしくて、思わず噴きだした。
「ま、ゆっくりとな」
額を押さえて上目遣いで睨みつけてくるのに満面の笑みを返して、また髪をぐしゃぐしゃとかき回してやる。まったく、隙だらけだ。
「嬢ちゃんも来ちまったことだし、今日は時間切れだ」
「―――――? ! り、凛!?」
振り返った先には、仁王立ちする遠坂凛の姿が―――――
なかった。
呆気に取られているアーチャーに、今度こそ耐え切れなくなってランサーが思いきり噴きだす。
「ランサー!」
耳まで真っ赤になったアーチャーが叫びだす前に、ランサーはさっさと逃げだしていた。
なに、時間はある。
ゆっくりと歩み寄っていけばいいのだ。
「ランサー、逃げるとは卑怯だぞ!」
そう叫びながらも追いかけてこないのはきっと、恐れているから。
それを知っているからランサーも気づかないふりをして、愚か者のふりをして笑って逃げる。そうして逃げ道を作っておいてやる。
いつか、それも塞いでしまうけれど。
「ランサー!」
今はまだ。
足音も軽やかに、ランサーは廊下を駆けていく。



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