「なあ、アーチャー」
「何だね」
「おまえ、ブラつけてねえだろ?」
「……は?」
何を言うかと思えばこの男は。
最近暑くなってきたので頭が緩んできたのかという思いで顔を見据えれば、「眉間に皺」などと的外れの言葉。いや違うだろう。そうじゃない。
「私は男だ」
「ああ、知ってるぜ?」
そのがたいで女のつもりか?と問い返してくる、待て。
こちらがおかしいような解答をするな。
「でもよ、その胸……乳でブラつけてねえのは問題だと思うんだよ。この世界じゃあほぼまな板状の乳でさえスポブラ、とかいうのすんだろ?」
だったらおまえの胸じゃあノーブラはやべえだろ、と言われて、その発言がやばいぞ、とらしくない言葉使いで思った。
「とりあえず揉ませろ」
「そのりくつはおかしい」
何もかもがおかしい。だが男は、ランサーは真面目な顔で、
「採寸してやるよ。大体のサイズなら手で測れいてっ」
ちゃぶ台の上にあったリモコンを投げた。見事に額にヒットした。矢避けの加護を持つランサークラスの英霊がなんてザマだ。
「何すんだよー」
「いや、君が何をしているんだ?」
私が君の頭の様子を診てやろうか、と言えばオレは正常だと真顔でもなく口にする。
どこがだ。
「ノーブラだと形が崩れるっていうじゃねえか」
「その発言もこれまでの発言も、一体どこから知識を得たのだね君は」
「聖杯から」
聖杯……戦争をするにあたって必要な知識を英霊に与える願望機。だが。
ノーブラだ何だが果たして必要な知識だろうか。
「おまえの立派な胸をみすみす崩すにゃ惜しい。だから採寸して、っと」
今度は当たらなかった。ちなみに投げたのはエアコンのリモコンだ。先程のものはテレビのリモコンである。
「二度目は効かねぇ」
「いや、そんな言い方をしても別に格好良くはないからな?」
オレに惚れろ、と言わんばかりの顔と声音だったために、ついついそんな言葉が出てしまう。
だから、ついさっきからの話がまるっとまるごとおかしいのだということに何故この男は気付かない。いや、気付いていてこうなのか?
だとしたらそれは不味すぎる。
人として――――いや、半神半人として。
栄えあるアルスターの英雄、光の御子、クランの猛犬として。
「いいかアーチャー、オレはおまえのためを思って言ってるんだ。繰り返すがその胸、みすみす崩れさせるにゃ惜しい。だから採寸してきちんとサイズに合ったブラジャーをつけ」
「それ以上口にしたら零距離射撃で君の眉間を撃ち抜くが、構わないかねランサー?」
ちなみに使用するのはカラドボルグだ。
真顔でそう言うと、ランサーは不思議そうな顔をして。
「いや、嬢ちゃんに怒られるぞ?」
「凛は私の味方をしてくれることだろうよ」
そうに決まっている。
このセクハラ英霊!と何なら宝石剣で先んじて斬りかかってくれるくらいのことはしそうだ。
仮にもひとつ年下ではあるが妹にサイズで負けていることをこっそり気にしている彼女なのであるのだから。
「わかった。譲る」
「何をだね」
この話を終わらせてくれるのか?やっとか?そう思っていたのだが、返事は斜め上だった。
「大胸筋矯正サポーターでいい」
「それは男性用ブラジャーと言うのだよ、ランサー」
「ってか、なんでブラしてんの?」
「わかっていて言っているのだよなその発言は!?」
元ネタまでカバーした上での発言だった。
ちなみにそんなものは自分はしていない。
「レースとかそういう装飾を廃した機能性を追求したもんをおまえに贈ろうとオレはだな」
「ちょっと待て。その後ろ手に持ったものは何だ。買ってきたのか? 買ってきたのか!?」
「オレの気持ちだ。――――受け取ってくれ」
「少し溜めて言ったとしても格好良くも何ともないぞ!」
むしろ大幅ダウンだ。憧れの英雄が大胸筋矯正サポーターを自分に贈ろうとしている今の事実……!
「安心しろ。下ともセットにしてある」
「ますます安心出来ない!」
「おまえの尻のでかさも懸念するところだったんだ」
「そんなくだらんもの懸念するな!」
ぷつん、と切れて。
詠唱したが早いか、紡ぎ上げた魔力。
宣言通りにその白い眉間目がけて、カラドボルグを放っていた。



back.