ふ、と意識が浮上する。目を開けてみればそこに青空があった。
―――――青空?
「よお」
快活だが、やさしげな声。明かりは差しこむがそれは人工のものであり、背を支えるのは地面ではなく畳だった。ついでに言うなら頭を乗せていたのは枕。
ぱち、ぱち、と何度かまばたきをして、ようやくそれが青空ではなくランサーの髪の色なのだとアーチャーは気づいた。なんというか、その。少し、ではなく相当、照れくさい。他人の前で無防備に寝顔をさらすなど、アーチャーの本意ではなかった。たとえそれが、ランサーであろうともだ。
心を許した相手にしたとしても。
「…………」
「よく寝てたな。随分と許すようになったじゃねえか。いいことだ、うん」
などと言って満足げに笑い、やや寝乱れたアーチャーの髪をランサーの手がかき回す。恋人。そのくせ父かなにかのようなそのしぐさが照れくさく、アーチャーはわざと仏頂面をしてその手から逃れようとする。
寝起きの身に温かい体温など。安らいでしまう。油断、危険、恥ずかしい、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。だから仏頂面に合わせて、ことさらぶっきらぼうな言い様をした。
「いいものか。サーヴァントの身でありながら……午睡、など。必要もないのに怠惰な。まったく、君も起こしてくれればいいものを。何故、黙って見ていたりなどする」
上半身を起こしながら髪をかき上げこめかみで固定しつぶやく。きちんとできただろうか。まさか、ふてくされた子供の物言いのようになっていたりはしないだろうか。
内心で思いつつ、アーチャーは鋼色の瞳でランサーを見つめた。見つめ返してくる赤い瞳はきょろんと丸い。
「何故って、そりゃおまえ」
当然だろうと、ランサーは告げた。
「んな気持ちよさそうに目の前で眠られちゃ、起こせるわけがねえよ。気づいてるか……って気づいてるわけがねえな。あのな、おまえ、寝てるとき笑いながら寝てたぜ。なに夢見てたんだか知らねえが、なんか寝言まで言いながら寝てたぜ。なんだ? どんな夢見てた? 笑やしねえから、教えろよ。な?」
「―――――な」
なにも、ランサーの言葉尻を復唱したわけではない。ただ、絶句しただけなのだ。
かああと顔が赤くなっていくのがわかる。
「た、たわけ―――――教えるも何も、サーヴァントが夢など見るか! 言うに事欠いて夢だと!? ね、寝言など言うものか! そのご自慢の聴覚も随分と鈍ったものだなランサー! 幻聴でも聞いていたのではないか? 残念だよ、君の能力は私も評価していた。それが、日常を怠慢にだらだらと過ごすせいでそこまで鈍るなど、」
そこまで言いつらねてアーチャーは言葉を切った。ランサーがじっと見ている。真面目な顔で。しかし怒ったという様子でもなく、じっと。
「別に怠慢に過ごしちゃいねえよ。バイトにマスターの手伝い、嬢ちゃんたちにちょっかい出したり釣りしたり。毎日が充実してらあ」
そもそもおまえがいるしな。
自然にのろけられ、アーチャーはますます言葉を失う。
「いいか、確かにオレは見てた。おまえが幸せそうに夢を見ながら寝言言って寝てるのを、な。だけどおまえがそこまで言うならいいさ。オレもそこまで意地悪くはねえよ、なかったことにしてやるから」
な?とまたもランサーの手がアーチャーの頭を撫でる。仕方のない奴だと。
そう、言われているような気がして、ますますたまらなくなった。
「だからそうつんけんするなって」
「し、していない」
「してんだろ」
「していないと言っている」
「じゃあ認めろよ、幸せに昼寝ぶっこいてましたって」
「そ、それとこれと何の関係があるのだね!?」
「んー、オレの気持ちの問題?」
最後はおどけるようにそう言って、ランサーは会話を終わらせた。首をかしげ覗きこむようにアーチャーの顔を見、やがて、ふ、と赤い瞳を細めて笑う。
観念した。
とうとうそう認めて自らのスラックスの膝辺りを掴んで口を開きかけたアーチャーに、なおも頭を撫で笑いながらランサーが言うには。


「いい夢は、見れたかよ?」


ふてくされた子供をなだめるような、そんな口調にアーチャーは片手で顔を覆い隠してしまった。



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