甘ったるい匂いが店内に充満している。
それだけでもう胸がいっぱいで、何も入りません!状態になったアーチャーはブラックコーヒーを静かにすする。砂糖もミルクも入ってないそれを喉に自動的に流しこみながら、ちらりと向かい側の席に座ったランサーを見る。
……なにかの罰ゲームだろうか。
そう思わずにはいられないほど巨大なパフェがどん、とランサーの前に置かれていた。ご丁寧に花火付き。
ランサーは上機嫌にそれを平らげていく。
「…………」
駄目だ。
ブラックコーヒーさえも甘く感じられて、アーチャーはカップを置く。信じられない。
ランサーの味覚は破綻しているのか?
「それを認めてしまうと私の料理までもが不味いことになってしまう……」
「あん?」
フォークを口に入れたまま不思議そうにランサーが問うた。その口元には生クリームがついている。
「ああ、みっともない」
ナフキンを手にとってそれを拭いてやる。ランサーはおとなしくされるがままだ。
「子供かね、君は」
「この図体見てどこからそんな考えが湧いてくる? どこからどう見ても立派な成人男性だろうが」
「精神年齢と肉体年齢は別だ」
呆れたように珍しく頬杖をついて、アーチャーはつぶやく。今度はアイスに取りかかりながら、ランサーは言った。
「だな。おまえも中味と外見が釣り合ってねえ」
「な……!」
がたん。
思わず立ち上がったアーチャーは、周囲の視線に気づいてそろそろと腰を下ろした。
ランサーの顔を睨み、小声で
「君には言われたくない」
「そういうところがガキなんだよなあ」
楽しそうに笑ってランサーはアイスを頬張った。まずはバニラアイスから。
「だがそこが好きなオレも大概終わってるよな」
「こ、公衆の面前でそのような恥ずかしいことを……!」
「聞こえちゃいねえよ。誰も彼も食べるのに夢中だ。おまえ以外は」
確かにランサーの言うことは正しくて、ふたりの英霊が座っているテーブルに注意を投げかける者はいない。聞き耳を立てている様子も、ない。
「大体おまえは気を張りすぎだ。戦争はもう終わったんだぜ」
「君がまわりを気にしなさすぎるのだよ」
「ああ言えばこう言う、だな」
それは君だって一緒だ。
そう、アーチャーは思ったとか思わなかったとか。
「甘いもんでも食ってリラックスしろ。ほれ」
熟考していたアーチャーの目の前にアイスの乗ったスプーンが差しだされる。突然の行動にアーチャーは面食らった。
「なに?」
「疲れにゃ甘いもんがいいんだ。いいから、ほれ食え」
アーチャーは瞠目する。だけどランサーは動じない。突きだすようにしてスプーンを近づけてくる。
「やめないかランサー! 私はすでに胸がいっぱいだ!」
「死ぬ気で頑張りゃできねえことはねえ。それともあれか。オレの使ったスプーンじゃいやか」
間接キッス。
ぼそりとつぶやいたランサーに、アーチャーは絶句した。
立ち上がって、絶叫する。
「ば、ば、ば、馬鹿な!」
声を張り上げる。
「い、今更、そんなことで恥ずかしがるか!」
「だよなあ。もっとすげえことしてるもんなあ」
「言うなッ!」
のほほんと答えたランサーを怒鳴りつける。しかしランサーはそしらぬ顔でスプーンを突きつけてくる。
「ほらよ、アイスが溶けちまうぜ? しのごの言ってないでさっさと食っちまえ」
「だからいらないと言って……」
「あんまり意地張るとあれだぞ。口移しで食わせてやる」
アーチャーは硬直した。
なんてことを言うのだこの男は。
「オレはそれでも一向にかまわないんだが―――――」
「かまうわ!」
「そんなら。な?」
首をかしげて笑ってみせる。くそ、それは卑怯だ。ランサーのその太陽のような笑みにアーチャーは弱い。ものすごく。
仕方なく目を閉じて口を開ける。
あーん。
「いい子だ」
笑いまじりのランサーの声がしたかと思うと、口の中にひんやりとした甘いものが広がった。すぐ溶けたそれを、んく、とアーチャーは飲み下す。そしてゆっくりと目を開いた。
赤い瞳がいたずらっぽく細まっている。
「美味かったか?」
「……なかなか、だな」
素直に言うのは悔しかったので憎まれ口でぼやかした。ランサーはまだ笑っている。
「……くそっ」
普段の彼らしからぬ口調で、アーチャーは赤い顔のままそう、吐き捨てたのだった。



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