「―――――よお」
『……なにか用かね』
「や、用っつう用はねえんだが」
『……切るぞ』
「あ、おい、ちょっと待てよ」
相変わらずおまえは気が短けえなあ、とからからランサーは笑う。道を歩きながら手にいくつかのビニール袋を提げ、自由なほうの手で携帯電話を持って。
それは遠坂凛に持たされたものだ。なにを思ってかは知らないが、ある日突然に渡された。きっと何か用を言いつけるときに、あちこち飛び回っているランサーをつかまえるのが面倒になったのだろう。かといって首に縄をつけるわけにもいかないから、携帯電話。
持ってなければそもそも意味はないのだけど、ランサーは律儀にそれをいつも尻ポケットに入れている。
機械オンチの遠坂凛らしくない、薄型の最新式のそれはうっかりすると壊してしまいそうに脆いが、なんとかランサーは壊さず使いこなしている。
『なんだね。こうして話しているあいだにも通話料がかかっているのだぞ?』
「いいじゃねえか、払うのはオレなんだからよ。哀れに思ってちょっとは付き合ってくれや」
がさがさ、と袋が鳴る。
そう、通話料を払うのはランサーの役目。遠坂凛は携帯電話を手渡したとき稀に見る晴れやかな笑顔で、
“わたし、一銭も払わないわよ”
と、告げたのだ。
それにはランサーもアーチャーも絶句した。アーチャーなどどうしていいのかわからない顔で手にした電話とマスターを交互に見やっていたっけ。
くく、とランサーは喉を鳴らす。
そうなのだ。アーチャーも、揃いの携帯電話を持たされているのである。
ランサーが住所録の一番最初に登録したのはアーチャーの携帯だ。次に遠坂邸、衛宮邸、ついでに教会。
もっとも、教会になどかけることはめったにないが。
せっかく離れてるのに誰がそこまでしてあそこと繋がってたいかよ、と内心で吐き捨てると声だけは機嫌の良いものをランサーは出す。
「元気か?」
『…………ついさっき、顔を見たばかりだと思うが』
「そうだったけか?」
『まあ、その』
「?」
沈黙。
しばらくして、ぼそぼそと携帯が喋った。
『変わりはない』
ランサーの足が止まる。
『なっ』
思わず噴きだしたのが聞こえたのか、アーチャーは電話の向こうで非常に不本意そうな声を上げた。
ランサーはその場にしゃがみこみ、や、だってよ、おまえ、などと言いつつ必死に笑いを堪えると、目端に滲んできた涙を指先で拭う。けれど笑いは漏れだしてきて、ひいひいとおかしな声を上げてしまう。
「いいな、おまえ! その反応は予想してなかったぜ」
アーチャーは律儀だ。皮肉屋でいつも澄ましているくせに、変なところで抜けていたりする。彼のマスターの遠坂凛もそうだから、似るのだろう。マスターとサーヴァントは、きっと。
『―――――切る!』
「悪かった、悪かったって」
『貴様が聞くから答えたというのに、その態度は何だ!』
「オレが悪かった。だってよ、おまえがあんまりにも」
かわいかったもんだから。
そう言うと、電話の向こうで絶句する気配がした。チャンス、とばかりにランサーは電話に向かって言葉をささやく。
「なあ、アーチャー。なんでもいいから声、聞かせてくれねえか」
『―――――』
「おまえの声が聞きてえな」
『―――――』
「アーチャー? おい」
『―――――』
無言。
通話が切れたかと見てみるが、きちんと繋がっている。
「アーチャ、」
そこでつづけざまに畳みかけようとしたところ、ぶちんと音を立てて通話は途切れた。
あっ、と思わず大きな声が出てしまう。
「あいつ、切りやがった」
素早くリダイアルでかけ直してみるが繋がらない。おかけになった電話番号は現在、
「留守電…………」
呆然として、意外に使いこなしているのだなあ、と思い、また噴きだす。そういうところはマスターと違うのだな、と余計なことを考え危うく道の真ん中で笑いだしそうになってしまった。
「仕方ねえなあ」
ランサーは携帯を開くと、メール画面を起動してぽつぽつとキーを打ち始める。
わ、る、か、っ、た。
も、う、し、ね、え、か、ら、よ。
ゆ、る、し、て、く、れ、ね、え、か。
そこまで打って、なんとなく足りないかとつらつら思ったことを打ってみる。そうするととりとめのない長いメールが出来上がった。
ううん、とランサーはそれを見て唸り、ぼそりと言った。
「ま、いいとするか」
そして、送信した。
尻ポケットに携帯をしまい、大股に道を行く。衛宮邸まで十数分。ランサーの足ならば駆ければもっと早く着いたが、のんびりと向かうことにした。
人目もあることだし。


見慣れた屋根が見えてくる。
結局、ポケットの携帯電話が鳴ることはなかった。
こりゃあ、帰ったら機嫌取りかと大して深刻にでもなくランサーは考えていた。てくてくと道を行く。なに、慣れている。それに、アーチャーとそうやってなんだかんだとすったもんだするのは嫌いではない。
いちいち反応が面白いのだ、アーチャーは。
「―――――今帰っ」
そんな、アーチャーに知られたら大目玉を食らうであろうことを考えながら、からり、と玄関を開けると。
携帯が、鳴った。
まさか、とあわただしく尻ポケットから携帯を取りだして見てみると、メールの着信。差出人も確認せず見てみれば、ひとこと。


たわけ


「…………」
堪えきれなくなって、ランサーは思いきり噴きだした。玄関先に座りこんで大声で笑いだしてしまう。
やっぱり、やっぱりアーチャーは律儀だ。
それに、面白い。かわいい。
これだけの返信に悩んで、迷って、逡巡している姿が目に浮かぶようだった。もっと気楽でいいのにと思うが、そうも行かないのだろう。
「あー……」
たまんねえな、と額に手を当てて、ランサーはくっくと誰もいない玄関で、ひとりで笑いつづけていた。



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