「あらランサー、ずいぶんかわいいもの舐めてるのね」
嬢ちゃんがオレに言う。ソファに腰かけてオレはキッチンの方を指さした。
「あいつがな。くちさびしいならこれでも舐めてろってよ」
うるせーんだ。部屋がヤニくさくなるとか壁が汚れるとかなんとか。そう訴えると嬢ちゃんは眉をよせて笑った。あいつらしいわ。
坊主は呆れたような顔をしてキッチンを見ている。思うところあるんだろうな。
けどあいつもいい加減に自覚すりゃいいのに。ヤニくさくなるとかそんな理由じゃなく、もっと深いところに否定する原因はあるってことを。
ちゅぱ、と大げさな音を立てて棒つきの飴を舐める。この部屋は狭い。嬢ちゃんが騒ぐ声だとか、テレビの雑音だとか、今の音だとか、みんな向こうに届いてるだろう。
「ちょっと、ランサーったら」
「んあ?」
なんだ、と言いながらがりがり奥歯で飴を噛み砕く。
「行儀悪いわよ。優雅じゃないわ」
「オレに優雅を期待するたあ、嬢ちゃんもまだまだだな」
わしわし、とその頭を撫でる。ちょっとランサー!その甲高い怒声が心地いい。
立ち上がりながら半分欠けた飴を口から出して、わざとらしく下から上へと舐め上げてやった。
「ランサー!」


坊主はキッチンとこっちを交互に見ると、はあ、と大きなため息をひとつついた。
「大概にしろよ、ランサー」
「そりゃまた、なんのことだろうなァ」
がたんとキッチンの方で物音が聞こえた。


「ランサー!」
まったく、サーヴァントはマスターに似るんだろうかねえ。
坊主と嬢ちゃんが帰った後、まるで嬢ちゃんみたいに大声を上げてあいつはオレを叱った。オレはソファに深々と腰かけて笑う。新しくフィルムを剥がした飴を口に入れて転がすように舐める。
「そんな大声出すなよ。耳が痛てえ」
それに優雅じゃねえぜ?と言ってやると褐色の肌がかあ、と赤くなった。オレはこの色味が好きだ。だからついついからかっちまうのかもしれない。
ちなみにベッドの上での色味が一番好きだ。白いシーツとの対比がいい。
そんなことを思いながらくちゅくちゅと舌を鳴らして飴を舐める。
「私は優雅さなど求めていない。それは凛の持論だ」
「そうかい」
「それにな。優雅さならば君にこそ必要ではないのかね? ランサー」
「そりゃどういう意味だ?」
「その飴だよ」
びしり、とあいつはオレの口元に指を突きさす。オレは一旦舐めるのを止めて、代わりにプラスティックで出来た棒を噛んだ。
それは簡単にひしゃげる。
「まるで子供のようにはしたない音を立てて、客の前でみっともない。恥ずかしくないのかね、君は」
なに言ってやがる。
「恥ずかしいのはおまえだろ? アーチャー」
な、とあいつは言葉を呑んだ。顔は赤いままだったから、ことさら意地悪くにやりと笑ってやる。
いっそ泣かしてやろうかというくらいに。
「―――――ッ、なにを」
「自分が舐めしゃぶられてる気分にでもなったんじゃねえのか。ったくよ、いやらしいよな、おまえはよ」
キッチンでひとりで想像して動揺してたんだろう―――――と。
言えば、いじめすぎたのかわなわなとその体が震え始めた。まさか泣きはしねえだろうが、泣きたい気分なんだろうなあ?
さすがにかわいそうになってポケットに入れておいた飴をひとつ、出してやる。ゆっくりフィルムを剥がして、アーチャー、と名前を呼んだ。
なんだ、と押し殺した声で答えた口に明るい水色の飴を入れてやった。
「…………ッ!?」
しゅわ、とした感覚が舌を痺れさせたのかお得意の皮肉も嫌味も出てこない。その口にぐりぐりと飴を押しこんでやる。正確には、舌に。舌に、押しつけてやる。
「甘いもんは脳の疲れを取るのにいいんだとよ。サーヴァントにも有効かどうかは知らねえが、ま、一応舐めとけ」
出し入れしてやろうかな、と思って、やめた。充分あいつは苦しそうだったし、いい顔をしていたから。
オレは別にサドとかそんなんじゃねえが、あいつの苦しそうな顔は好きだ。そそる。
笑ってる顔と同じくらいに好きなんだって言っても、信じねえんだろうがなあ。
「ああ、それだけども」
四苦八苦している様子を指さして言う。
「上手く扱わないと口の周りも中も涎だらけになるから、注意しとけよ」
そんなおまえも嫌いじゃねえけど。
言って、笑って、立ち上がって頬にキスをして、ひらりと手を振った。鋼色の目は白黒。
ぎっと音を立ててソファを飛び越えると、後ろから声にならない声がした。



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