「―――――アーチャー」
卓袱台に肘をついて真面目な顔で真面目な声を上げたランサーに、エプロンで手を拭きながら台所から出てきたアーチャーは怪訝そうに首をかしげた。月曜日。士郎や凛、桜たち学生はもちろん学校。セイバーはとある剣道の稽古場に一日体験のバイト、ライダーもバイトだ。イリヤは用事があるのか、まだ顔を見せていない。
で、一人残ったランサーはと言えば今日は休みだ。昨日おとといのかきいれ時にフルで入っていたため、今日休みをもらえたのである。
「なんだね、似合わない顔をして」
「似合わねえとはなんだ、似合わねえとは。……いいか、真面目な話をするんだ、よく聞けよ」
日頃はおちゃらけた態度を取っているが、そうすればランサーは立派な美丈夫だ。さすが光の御子、というだけある。アーチャーはつい気圧されて、うむ、とエプロンを外さずランサーが勧めるままに正座をした。
「これは坊主とトオサカの嬢ちゃんに聞いた話なんだが」
「……凛はともかく、小僧とは気に食わんな」
「まあ聞け。…………おまえ、ファザコンなんだってな」
沈黙。
「…………ブロークン・ファンタズムっ!!」
次の瞬間力いっぱい叫んで、アーチャーはちゃぶ台をひっくり返した。必殺技の名前を叫んではいるがその実は単なるちゃぶ台返しだ。
ランサーはその一瞬前にすばやく上に乗っていた菓子皿や湯呑みを取り上げて避難させている。さすが最速の英霊。
「よし。衛宮士郎を殺しに行く。今夜はウニクリームのパスタだ、みょうがとたまねぎを買ってこい」
「後半いい感じに混乱してるな。つうか今日は冷やし中華じゃなかったのか? オレ楽しみにしてたんだけど」
「む」
その言葉でアーチャーは多少我に返ったらしい。ポケットから取り出しかけていたカラドボルグと財布をそろそろと中へ戻し、そうか、とうなずく。しかしこのポケット、ゲートオブバビロン並みである。
そういえば、あの金ピカお子様も今日は来襲しない。
金のお子様、銀のお子様。
ふたりそろってブルジョア・ペアーはひとりひとりでも怖いがタッグを組めばさらに怖い。
閑話休題。
「さて、衛宮士郎を殺す算段だが」
「おいこらまて。なんでナチュラルに殺人計画を立てる。それにこの話をしてくれたのは主にトオサカの嬢ちゃんだぞ。大切なおまえのマスターだ」
「凛が!?」
「リン嬢ちゃんがだ。坊主は事実の確認のために喋らされただけだ」
言わば被害者だな、というのに、知るかそんなもの、と素で答えられてランサーは苦笑する。本当におまえ坊主が嫌いだな、と言えば、当たり前だろうと言うに決まっているので言わないでおいた。
しかしランサーは知っている。アーチャーがそう、士郎のことを認めていないわけでもないということを。
あれかね、ツンデレってやつかね。ギルガメッシュ(大)の連れていた子供に貸してもらったマンガ雑誌で覚えた単語をさっそく使ってみる。だけど確かあれは恋だの愛だのそういうことに使うはずの言葉で、それがちょっとだけ気に食わねえ、とランサーは思う。
こいつはオレのだ。徹底的に、オレのだ。
「それで?」
「んにゃ?」
「んにゃ、じゃない。それで、一体何の思惑を持って、君は、私にファザコンかなどと聞いたのだね?」
「ああ。おまえさ、オレの伝説知ってるだろ」
「おおまかには」
「で、オレは一児の父なわけだ。子供殺しだがな」
「……物騒な。で、それが」
なにか、と聞く前にアーチャーは悟った。慌てたような顔になり、太腿を使って後ずさる。
「まさか」
「察しがいいな、アーチャー」
ランサーはばっと両手を広げた。
「父さんの胸に飛びこんでこい!」
「たわけが!!」
「やっほーおにーちゃん遊びにきたよ……ってなに!? いきなり!」
ごっつんこ。


イリヤが遊びに来たちょうどそのとき、衛宮邸を揺るがすような怒声と轟音が響き渡った。


「ねえアーチャー」
「なんだね」
「あなたのクラス、アーチャーよね?」
「そうだが」
「じゃあなんで素手での攻撃でランサーが畳にめりこんでるの? あれってバーサーカー並みの攻撃を食らった感じよ?」
「さあ。私はただ奴の頭に鉄槌を食らわせてやっただけだ」
「ふうん。…………あ、このお茶、美味しい」
「そうか。茶請けもたっぷり用意してある。好きなだけ食べるといい」
「わーい!」


もちろん、そのたっぷりの茶請けはランサーの分も入っているのだった。



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