夜道、桜を送っていった帰りに寄ったコンビニエンスストア。
「ほらよ」
「ああ、すまな―――――」
い?
放られた肉まんと缶コーヒー。それはいいが、ランサーが手にしたものは。
「ランサー、君、それは」
ばりばりと音を立てて包装を破る。うん?と首をかしげて、ランサーは安っぽい水色のアイスバーを口にくわえた。アーチャーはそれを見て目を丸くする。彼のほうからひんやりと冷気が漂ってくるような気がして、コートに包まれた体を己で抱く。
サーヴァントの身、多少の暑さや寒さは耐えられるがどうも見た目に、この季節にアイスはどうか。
「あー。なんか急に食いたくなってな」
「だが、ここで食べることはないだろう……」
衛宮邸に戻って、暖房のきいた室内で食べればいいのに。そのほうがいいだろう。
「見ているほうが寒い」
「ならあっためてやろうか?」
笑って手を広げるのに、肉まんを齧ってそっぽを向く。あれ?という顔のランサー。
「来ねえのか」
「行くか、たわけ」
もきゅもきゅもきゅ。まるでセイバーのように数口で肉まんを片づけ、近くのゴミ箱に敷き紙を捨てる。
そうして大きなポケットに入れていた缶コーヒーを取りだし、手の内にしまいこむ。はあ、と白い息が指先にかかった。
……あたたかい。やはり冬には温かいものだと思うのだが。
体温が。
欲しい。
―――――そんなことを考えて、アーチャーはかあと顔を赤くした。
「べ、別に、私は」
「あん?」
はっと我に返る。腰かけていた場所から立ち上がって、顔を覗きこまれていたことに気づく。ランサーの顔が近い。かなりの至近距離だ。アイスバーは食べ終わったのか、かすかに唇が濡れていた。アーチャー?と問いかける息が冷たい。この唇にくちづけられたら、とぼんやり考えて、さらにかあと顔が赤くなる。なにを考えているのか。
「……近いわ!」
そう言ってどん、と間近の胸に手をつき距離を開かせる。ランサーは驚いたように体をよろけさせたがさすがの反射神経、すぐに体勢を立て直した。
「なんだよ、いきなり」
「き、君が」
「オレが?」
「寒そうに―――――しているから」
ランサーは瞠目すると。
ああ、とにやり楽しそうに笑った。
「確かに寒いかもなあ」
だけど、とアーチャーの手を取って、己の頬に当てるとランサーはつぶやく。
「おまえの手が、いつもよりあったけえから、いいや」
言われて思いだす。
寒い夜の帰りは、いつもランサーのコートのポケットに手を入れられて歩いていたこと。楽しそうに歩くランサーに何度も離さないかと訴えたのだが、“おまえの手が冷たいのがいけねえんだ”とそんな理由で却下された。
楽しそうに歩くランサーは時に、アーチャーを省みない様子で先を行ってしまって、アーチャーは上手くついていけず転びそうになる。そこを狙ったように振り返って、ランサーはアーチャーを抱きすくめるのだ。
む、とそのときのことを思いだして、アーチャーは不満げな顔をする。
駐車場にはたった一台、ワゴンが停まっていた。
「来い」
「どうしたよ」
「いいから、来い」
その陰に隠れて。
アーチャーは、缶コーヒーにくちづける。ランサーは不思議そうな顔でそれを見ている、その隙をついて。
冷たいランサーの唇に、思いきったようにアーチャーはくちづけた。
「―――――」
とたん、中から買い物を終えた客が出てきたのかガア、と自動ドアが開く音がして、びくりとアーチャーが反応する。とっさに離れようとしたところをランサーは腕をつかんで拘束する。ん、と呻く声。
がさがさとビニール袋が揺れる音、足音。かすかな話し声と笑い声。だが敏感な感覚はそれを何倍にも増幅してアーチャーへと伝える。
身を引こうとするアーチャー、押さえるランサー。ちょっとした喧嘩のようなやり取り。
そっと生温い、濡れた唇がアーチャーの唇を吸う。ちゅう、と小さな音が鳴って、その程度でもアーチャーはびくりと体を震わせる。
「……足りねえ」
そう言ったのはどんな声だったろうか。
下手を打った、と思いつつ、アーチャーはいつしか目を閉じて合わさった唇のあいだから漏れる音に酔っていた。


「もっと、おまえの体温をくれよ。アーチャー」



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