くつくつと鍋が煮える。
小皿に汁を取って味見をしていたアーチャーは、背後の気配に振り返ることなく静かに警告した。
「火を使っているからな。危ないぞ」
「オレはガキか」
「ある意味、そうだ」
好奇心の強いところや、順応性が高いところ、エトセテラエトセテラ。指折り数えるアーチャーにランサーは苦笑いするしかない。ひでえな、と特にそうも思っていない口調で言うと、さりげなく鍋の中から人参をひとつ取っていく。
大して冷まさずに口に放りこむのを見てアーチャーは目を丸くしたが、
「ん。美味い」
あっけらかんとそう言われて、拍子抜けしたように肩を落とした。
「なんというか……性格が出ているな」
「そりゃどういう意味だ」
「わからないのならそれでいい」
サーヴァントとて熱さや冷たさは感じるだろうとアーチャーは言いたかったのだろう。そんなことランサーとてわかっている。それで、湯気が立つ煮物を口に入れて平気な自分は図太い、もしくは大ざっぱなのだと。そう言いたかったのだろうと。
そう、ランサーは想像してひとり納得した。
「少し配慮してくれないか。君のように体格がいい者が近くにいると動きづらい」
「邪魔だって言いてえのかよ?」
「ある意味……」
「ああ、わかったわかった」
それでも台所から出て行けと言わないあたり、アーチャーは甘い。あまあまだ。
ホールドアップをするように頭の後ろで腕を組んで、ランサーは数歩アーチャーから遠ざかった。
そうしてしばらくアーチャーが調理をするのを眺める。
その視線は真摯で、見ていられる側としては気まずさを感じる類のものだったがアーチャーは生憎と調理に集中していたので特になにも感じていないようだった。
くつくつとんとん。
ざあざあざくざく。
様々な音がアーチャーの手からは生みだされる。無限の―――――いや、なんでもない。ランサーは考えるのをやめた。
あんりみてっどくっきんぐわーくす?
「さて、と」
これで一段落ついたな、と言って鍋の火を止めたアーチャーに、ランサーは軽く拍手を送る。
「見事なもんだ」
「これくらい、誰でも出来ることだ」
「そんなことねえよ。少なくともオレにゃ出来ねえ」
素直に賛辞の言葉を送れば、アーチャーは瞠目した。そして、下を向く。
照れたときのアーチャーの癖だった。
「おまえの作る飯は美味いし、見た目もいい。ここまでなるにゃ、相当の修行を積んだんだろうな」
「……誉められるのは悪い気分ではないが、どうせならもっとまともな方向で誉めてもらいたいものだ」
「なんでだ? オレは本気だぜ?」
「本気だとかそういう問題ではなくて、だな」
「ああ、じゃあ―――――」
長い腕がしなやかに伸びる。
さらりと前へと流れる青い髪。
ランサーは背後からアーチャーを抱きこむと。
「おまえを愛してる」
「な!」
「おまえの澄ましたところやそのくせ抜けたところ、見かけや中味をひっくるめて全部愛してるぜ、アーチャー?」
耳の中へ、ささやいた。
そうして頬に頬をぴたりとつけて顔をのぞきこむと。
「これでどうだ?」
こいつならかまわないだろ?と。
震えて声が出ないアーチャーへと、何の気なしに告げた。


「問題ありよね」
「姉さん、あまりお菓子を食べるとせっかくのアーチャーさんの料理が食べられなくなりますよ」
「そうです、それはよくない」
「やけ食いか? 遠坂」
「セイバーに言われたくないわ。あと衛宮くん、あなたやっぱりアーチャーの元ね。うかつなところがそおおおっくり!」
「え、ちょ、とおさ、か、じょうだ、うわああああ!」
居間で上がった絶叫は、三軒両隣を越えて町内に響いたという。



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