「だから、言ってんだろ」
廊下の端に追いつめて、顔を近づけて言ってやった。だけれどアーチャーは顔をそむけて聞く気がないらしい。
それにむかっときたから、足のあいだに足をぐりぐり入れこんでやる。話くらい聞け。この野郎。
「オレはおまえが好きだって。……おい、聞けよ」
「そんなはずはない」
「はあ?」
やっと喋ったと思ったら、否定か。
なにが“そんなはずはない”のか聞いてやってもいいけれど忍耐の持続時間が残りわずかだ。だって、ずっと言いつづけてきた。
それなのにこいつは聞きもしないで逃げるばかり。
卑怯者が。
「男なら男らしくまっすぐ正面向いて人の話聞きやがれ、この意気地なし」
「……意気地なしだろうがなんでもいい。とにかく、そんなはずはないんだ」
君が私を好きだなんて、と言うから、むっときて足をさらに入れこんだ。このまま事に及んでやろうかなと思ったが、最低なのでよした。
最低なんだ。いくら相手が卑怯者だからってな。
「おまえがどう思おうがおまえの勝手だ。だがな、オレの気持ちまで勝手に決めんなよ」
そう言うとふ、と鋼色の瞳が揺れてオレを見る。ほら、やっぱりオレは好きなんだよ。好きだと思っちまった。目だけを見て。
だってのにだ。アーチャーはかたくなに否定する。まるでオレがおかしいみたいに。
おかしいのかもしれないがおかしくはない。充分、アーチャーはオレに好まれるに値する。
「たとえば」
「は?」
「たとえば、なんでだ。なんでオレがおまえを好きになったらおかしい。……答えてみろよ」
「すべてだよランサー。私は君に好かれるような存在ではない。そもそも、誰かに好かれていいような有様ではないのだから」
「はあ?」
なんだそれは。
油断していたのか垂れ下がった手を捕まえて抵抗される前に壁に押さえつけた。筋力どうこうじゃなく、ふつふつと湧き上がったものが磔状態になったアーチャーの抵抗を許さない。
このままキスでもしてやろうか。
なんだかんだと言いやがる口を塞ぎたかった。自虐的なことばかり言う口を塞いで。
おまえはオレに好かれてる。マスターの嬢ちゃんだって、セイバーだってイリヤスフィールの嬢ちゃんだって、おまえを好いてるだろう。 なのにそれを無視して閉じこもってるのかと怒鳴りつけてやりたかった。
「―――――なあ。なんだそりゃ」
声に滲み出るものがある。ふつふつと湧き上がってくるものは止まらない。自分でもぞっとするくらいそれは、熱い。
厄介な奴を好きになっちまった。面倒くさい奴を。
「か弱いふりする柄でもねえだろが。とっととその殻破って出てこい、それで満足な言い訳してみせろ。納得がいったら許してやらないでもないぜ?」
アーチャーは口をきかない。
「だんまりか」
あーあ。
そういうのが一番頭に来るって知らないのか、この馬鹿野郎は。
「アーチャー」
知らねえんだろうなあ。
「……早くしねえと無理矢理にでもその殻叩き破って外に連れだすぞ。それが嫌なら、早く」
「……だから言っているだろう!」
大きな声でアーチャーは叫んだ。さっきまでのぼそぼそとした喋り方とは打って変わっての怒鳴り声。
「私は、誰かに好かれるだとか。そんな目に遭っていい存在ではないのだよ、ランサー」
だから、それはなんだって言ってるんだ。
「話は終わりだ。……離してくれ、ランサー」
ため息をついてアーチャーは言う。勝手に終わった、と言いたげな表情で。
それが気に食わないから、手を離して。
自由になったところを、抱きしめた。
「なっ……」
驚いたような奴の声を耳元で聞きながら、自分とそう体格の変わらない奴を抱きしめるのは初めてだな、と思った。
アーチャーの体は冷たい。それを温めるように抱きこんで、何故だか抵抗しない奴の背中を撫でた。
かすかに腕の中の体が身じろぐ。けれど抵抗はない。
「今から十、数える」
返答はない。
「そのあいだにオレが満足出来る答えを出さなけりゃ…………」
耳元でささやいた。びくり、と反応が返ってくる。
ゆっくりカウントダウンを始めた。奴は口をきかない。
数は減っていく。口がきけないのかもしれない。
どちらでもいい、と思いながら、カウントダウンをつづけていく。
きっとこいつは―――――。
読み上げられる数は、残り少ない。
奴は、口をきかない。



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