背中が熱い。燃えるようだ。
否、すでに周囲は燃え盛っている。周囲は真っ赤だ、真っ赤に血塗られた殺意の茨に取り囲まれている。それによって傷つけられた体は血を流す。満身創痍。そんな言葉ですら甘い。場違いにも笑いだしてしまいそうなくらいに甘い。
「ふ、」
気づけば笑みがこぼれていた。なんてことだろう、場違いにもと今思ったばかりなのに。
するとすぐさま後ろから声が飛んでくる。
「なにを緩んでいる、衛宮士郎」
叱咤を含んだ声は低く掠れている。彼も同じく満身創痍。だが心は折れていないらしく背負った気配は鋭く研ぎ澄まされていた。
この手に握った剣のようだ。絶対的ではないけれど、強い“ちから”を持った背後の気配。
それでいい。安心する。戦い抜いていける、どんな絶望的な状況だろうと。
「いや、なんか、さ」
「なんかとはなんだ、相変わらず愚昧だな貴様は」
「ひでえの。……相変わらず」
くつくつと肩を揺らした。堪えきれなくなった。包囲は徐々に狭められているというのに呑気にも程がある。こんなときにも口喧嘩だなんてまるで頭の悪いこいびと同士のようじゃないか。
だけどそうなのだろう。背後の男と自分はどれだけ世界が移り変わろうとも、どんな状況に放りこまれようとも変わらないのだ。
決して。
力強く言いきれるほど。
気味の悪い呻き声が聞こえる。生ぐさい臭い。ひたひたと、奴らは迫ってくる。
剣を握りしめる手に力が入って、抉られた肩から流れ落ちた血が腕を伝い落ちてきた。
「なあ!」
あっけらかんとした声を出してみた。短く「なんだ」と返事が返ってくる。打てば響くようなこの反応。心地いい。
「なんか俺、今すごい、興奮してるみたいだ」
「遊びではないのだぞ」
「わかってるけどさ!」
充分にわかっている。遊びなんて生易しいものじゃない。けれど、だけど。
「―――――」
吐息のようなかすかな笑いを地に落として、それから大声で笑いだすと呆れたような感情が伝わってきた。
「……狂ったか。いや、元々狂っていたな」
「ああ、狂ってるさ。おまえと同じだ」
「貴様と一緒にするな。反吐が出る」
「だけど俺たち同じだろ?」
「違うと言っているだろうが」
淡々と。
吐き捨てるように返事を返してくる律儀さに口元が笑う。駄目だ。どうしたって一緒だ。
「俺たち、ほんと、相性がいいよな!」
目に血が入る。しぱしぱとまばたきをする。真っ赤な世界がさらに真っ赤になった。それでもいい、だって赤は嫌いじゃないから。
温い風が吹いて髪が、切り裂かれた布地が散らされた。背後の赤が目に飛びこんでくる。同じように切り裂かれてぼろぼろになった。
耳をつんざくような叫び声が響き渡る。
ぞぞぞ、と背筋を駆け抜けていく稲妻。
流れ落ちて止まらない血を遮断するために右目を閉じて、開いた左目で目前を睨みつける。大丈夫だ。片方あればいい。
剣を構える。背後でもまったく同じ動作をするのがわかる。鏡に映したように。まったく同じに、まったく真逆に。
長く、息を吐きだすのが聞こえた。
「……行けるか」
「もちろん」
「愚問だったな」
「まったくだ」
ほら、相性は最高だろう?
にやりと不敵に笑ってどうぞご覧くださいと恭しく一礼するなら憎たらしくしかしそれさえ望むところだと嘯いて襤褸雑巾のようになりながらも足はしっかりと大地を踏みしめ前を見すえて!


「あ、」
「なんだ」
「いや、後でいい」
「後があると?」
「あるに決まってるさ、だって俺たちが」


負けるはずはないんだから。
一度背中を合わせて合図もなしに同時に飛びだして剣を振り上げる、これが終わったなら胸を張って言おう。
俺はおまえが好きだって。
もう、何度だって言ってるんだけど。



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