愛してるわ、わたしの弟。
大好きよ。


少女は走る。軽い体に羽根を生やしたかのようにかろやかに、風のように速く。手を広げて駆けていく。
「こら、あまり走ると……!」
背後から声がかかるが少女は楽しそうに笑って、くるりとその場で一回転すると足を止めた。
「早く早く! あんまりゆっくり歩いてると、おいてっちゃうんだから!」
うさぎのように跳ねて、跳ねて。白い肌に白い髪、赤い瞳。体全部を使って無邪気にふるまう少女は本当に楽しそうだ。
赤いベンチを見つけると指をさして、少女は言う。
「あそこのベンチまで競争よ! よーい、」
どん!
宣言と共に少女は駆けだした。とたん慌てるような背後の声を聞いて笑う。
「イリヤ!」
少女は何者にもとらわれない。ベンチを目指して、走る。
勝負はあっというまについた。到着、とベンチに腰を下ろすと少女は両手を振ってあとからやってくる“弟”を呼ぶ。弟は困ったような顔をしながら小走りに少女を追ってきた。
「まったく、君は、」
「わたしの勝ちね」
少女は弟が隣に座れるように少し端に寄った。ぽんぽんと空いた場所を小さな手で叩いてあなたの場所はここ、とうながす。
弟がため息をついて腰を下ろすと、手渡されたアイスを受け取りながら甘い声でしかしとがめるように、
「もっと傍にきて」
大きな瞳で弟を見る。空いた距離が不満だと訴えてその服の裾を掴む。
弟は鋼色の瞳で少女を見返し、仕方ないといった風に傍に身を寄せる。もっともっとと全身で少女が訴えれば、ぎりぎりまでその傍まで寄り添った。
「うん」
これでいいわと満足そうに少女は言って微笑むとアイスを食べ始めた。淡いピンク色のそれは弟とおそろい。ちろりと横目で弟を見れば、そのかわいらしい食べものをどうしたものかというように眺めているのが視界に飛びこんできて、少女は思わず声を立てて笑った。
なんてかわいらしいのだろうと少女は思う。アイスではなく弟が。
「甘くて冷たくて美味しいわよ。早く食べないと溶けちゃうんだから」
だけどそれは口にせず、少女は突き放すように言って再びアイスを食べ始める。隣で眉間に皺を寄せているだろう弟を想像しては弾けるように笑いだしてしまいそうになるのを堪えつつ、言葉通り甘くて冷たいそれに舌鼓を打った。
公園はそれなりに人気がある。行きかう人々を見ながら少女はようやくアイスを食べ始めた弟に、いたずらっぽく問いかける。
「ねえ、わたしたち人から見たらどんな間柄に見えるのかしら?」
こいびとだなんて誰かが思ってくれないかしら。ふざけてそう言えば、弟は瞠目して少女を見た。
なんて顔するのと少女は噴きだしそうになる。
ああ本当にかわいいんだから。
「冗談よ。きっと、仲のいい兄妹だと思われるはずだわ」
澄ましてコーンを齧り、包み紙をくしゃくしゃと丸める。弟はまだ半分以上アイスを残している。
「本当は姉弟なんだけどね」
きょうだい。口にすれば同じだが、どちらが年上かによって関係は大いに異なる。
少女にとってはそんなことどうでもいいのだけれど。
「少し休んだら買い物に行きたいわ。新しいぬいぐるみがほしいの。いいのがあるかしら」
ついてきてくれるわよねと首をかしげて弟の顔をのぞきこむ。真面目にアイス攻略に取りかかっていた弟は目を丸くして少女を見てから、ああ、と返事をした。
まったくすることすることのいちいちがかわいい、と少女はそれを見て思う。自慢の弟。行きかう人々に言って歩きたい。
これがわたしの大事な弟よ、かわいいでしょう?
「急がなくてもいいのよ。待っててあげる」
少女は弟に言う。ゆっくり食べなさい。急がなくてもいいから。
アイスを口にしつつうなずく弟に、足をぶらぶらさせて続ける言葉は。
「それとも、お姉ちゃんに手伝ってほしい?」
予想通りに派手に咳きこんだ弟を見て、少女は手を叩いて笑う。ごめんねと笑いまじりの声で言って何度も咳きこむ弟の広い背中をやさしくさすった。
ごめんね、だけどかわいいあなたが悪いのよ。
天気がいい。空は青くて澄み渡っている。機嫌がよくなってだからつい、振り回してしまうのだ。
いつも難しい顔をしている、弟のいろいろな表情が見たいから。
「ねえ、シロウ」
少女はつぶやく。そっとしのばせるように。


「大好きよ」



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