遠くを眺める。赤い光は点滅してちかちかとはかなく、弱々しい。この手で握りつぶしたい―――――そうぼんやりと思って槍兵は手を伸ばしてみた。けれどさすがに届かずにあきらめる。
今日は風が冷たい。身を切るような風とはこういうものを言うのだろう。槍兵のなびく後ろ髪がそれを顕著に表していた。
そっと。ぞっとするようなうつろな目をして、槍兵は赤い光をもう一度見つめた。
そうしているうちに、なにか思いだすものがあって―――――
「ああ、そうか」
おまえか、と言って槍兵は振り返らずにつぶやいた。風にはためく赤い聖骸布。目の奥でちらちらと瞬く赤い光の残像。
「どうした。ずいぶんと暇そうにしているではないか」
「ああ、暇だね。……いや、暇だった、というべきか」
「だった?」
過去形に問い返す声―――――弓兵のその声にいまだ冷たい目を保ちながら、それでも腹の底からぞくぞくとわきあがってくるものに、槍兵は視線を足元のコンクリートに落とした。
がつん、と蹴り上げる。それだけで柔い豆腐かなにかのようにコンクリートは抉れ、ぱらぱらと破片が飛び散った。
「おまえが来たからな」
声さえも冷えている。だが、その奥底に隠せない熱がある。弓兵もそれを知っているのか、警戒を解かない。
「私が来たから、何だと?」
わかっているくせに。
「私では君の話し相手にもなれんよ」
わかっているくせに。
「期待外れですまないが―――――」
ああ、もう、黙れよ。
槍兵は笑った。数日笑っていなかったことにそこで気がついた。それなのに上手く笑えたのは、きっと後ろの嫌味な男のせいだろう。
槍兵は立ち上がった。ゆっくりと獣のような姿勢で体を起こすと、つい先程までの無機質な表情が嘘のように笑う。
「いいや。おまえしかいねえよ。オレにはおまえだけだ」
言って、おかしくなった。だってこれではまるで睦言だ。
けれどそれが真実だ。でなければどうしてこんなにも熱い。風は冷たいのにまるで灼熱の塊を飲みこまされたかのようだ。
腹の奥から渦巻いている。
「そうだ……おまえしかいねえ」
どこかでサイレンの音がする。足音をわざと立てながら槍兵は弓兵の傍まで歩み寄っていく。振り向いて見たその顔は、やはりいつもの嫌味な男の顔でしかなかった。口元を少し吊り上げて、嫌味に笑った男の顔。
体が密着した。取りだした魔槍を弓兵の喉元に突きつける。すると同じくして弓兵も、夫婦剣の切っ先を槍兵の喉元に突きつけていた。
「ああ、やっぱり」
槍兵は笑う。サイレンの音。赤い光。赤い聖骸布。くるくるくる、と目の奥で。
―――――握りつぶしたくなる 
「殺り合おうぜ、弓兵。それくらいならおまえにでも出来るだろう」
「ここまでしておいて断るとでも? ……全力で行かせてもらおう、覚悟しろ槍兵」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。まるでこれから始めるのが、単なるいたずらであるかのように。
「ああ、そうだ」
「何かね?」
「やり忘れてたことがあった」
そう言うと槍兵はわずかに、弓兵の首の皮膚を傷つける距離は保ったまま魔槍を引いた。
湖面のように乱れのない鋼色の瞳で、じっと弓兵は槍兵の顔を見つめる。その瞳を魔槍と同じ真っ赤な瞳で見返して、槍兵はつぶやいた。
「口、よこせ。始める前に挨拶だ」
礼儀はきちんとしねえとな、と言って、槍兵は弓兵の唇にゆっくりと吊り上げたままの己の唇を寄せていく。
抵抗はなく、ごく自然に唇同士は重なった。
瞳を開けたまま、相手を縛りつけるようにふたりは互いを見つめる。
ひゅう、と風が吹いた。



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