ランサーは目を丸くした。
「……なにやってんだ」
答えは寝息。サーヴァントが昼間から寝てやがる、と呆れたように頭を掻いてすやすやと眠る男の傍らにしゃがみこむ。涼しく、というよりは寒くなってきた時期。それでも今日は少しあたたかい。それでだろうか。
アーチャーは畳の上で寝息を立てていた。小さな三毛猫と一緒になって。
ああ―――――ランサーは思いだした。
あの、猫か。
雑木林で出会ったアーチャーがたいそうかわいがっていた子猫。飼うことになったのかとなんとなく楽しい気分になってランサーはその三角の……それでも丸味を帯びた不思議な……耳をちょいちょいとつつく。とたんその耳がせわしなく動き、驚く。
慌てて指先を離せば子猫は奇妙な唸り声を上げて身を捩ると、ランサーにも聞こえるほどの鼻息をピンク色の鼻から噴きだした。
そしてふたたび眠りに落ちていく。
その一連の動作を見守っていたランサーは、笑っていいのかいけないのか、おかしな気持ちになって、結局は苦笑した。面白い。けれど、変な生き物だ。
さてと、と今度はアーチャーに標的を移す。美味いものは最後まで取っておくべきだとひとりうなずいて、とりあえず洗濯籠から乾いているらしきシーツを持ちだした。
ばさりと音を立てて広げたそれは太陽の匂いがする。目を細めランサーは今度は軽やかに笑う。猫と同じように丸まって眠っているアーチャーの隣に寝転がると、背後から抱きこむようにしてシーツをかぶった。小さな密室が出来て、小さかった寝息がやたらに大きくなる。
もっと楽しくなってランサーは抱きこんだアーチャーの首筋にくちづけてみる。起きない。調子に乗って舐めてみた。起きない。
そうなるとわがままというもので、気づいてほしくなってしまう。
考えるとランサーは腰に回していた手を胸元に回してみた。軽く揉んでみる。
反応なし。
揉みしだいてみた。
反応なし。
「……不感症か?」
「感じているわ、たわけ」
ひそやかな声がして、お、と思った瞬間、魔力が腕の中の体に満ちるのを感じる。
「待て待て待て待て!」
「相手が寝ていると思っていい気になりおって、この駄犬めが!」
「静かに! 静かにしねえと、あいつが起きるぞ!」
すると、荒れ狂っていた奔流がぴたりと音まで立てて停止した。
「……猫を盾にするとは卑怯な」
「いや、別に盾にはしてねえぞ」
ちょっと、いや、かなり悔しいかもしれない。あの子猫をだしにすればなにかと許してもらえるかもしれない、が……。
それでは光の御子の名が泣く。
「そういえばよ」
「なんだね」
「感じてるって言ったな、おまえ」
まだ腕の中に抱きこんだままの体が、びくりと反応した。しばらく沈黙があってから、言っていない、と硬い声でささやかれる。ランサーはじとりとした目でアーチャーを見た。
「ああそうかよ。ならな」
「!」
服の中に直接に手を入れられて、アーチャーは大きく体を震わせる。ランサー、そう叫ぼうとしたのだろう。だがそれでは子猫が起きる。あたふたと口元に手を当てて焦るアーチャーをいまだじとりとした目で見ながら、ランサーはつぶやく。
「妬けるな」
「な、にを勝手な……!」
「ああ、だけど……」
思いついたようにランサーは宙を仰ぎ、そうかと笑う。そうか?一体なにが?
怪訝そうなアーチャーの顔を覗きこみ、ランサーはうんうんとうなずいている。
「いまは昼間だけどよ。夜、子供に隠れて悪いことしてる気分になってみりゃなかなか悪くねえ」
発想の転換。ぽかんと丸く口と目を開けたアーチャーは思わず子猫のことも忘れ、怒鳴ろうとする。と、耳朶を噛まれて、過剰な反応を返してしまった。
「おら、静かにしてな。……ガキが起きるぜ」
「誰と誰の!」
「ここはオレとおまえのだろ」
言って、は、ぞっとしねえな、などと言って快活に笑うランサー。その言葉にアーチャーはかっと顔を赤くした。怒りにか羞恥にか。
とにかく良い感情ではない。
それを見たランサーはまばたきをすると、その赤くなった頬に音を立ててくちづけた。
「嘘だよ」
「な……」
「悪ふざけがすぎたか? すまなかったな」
「ラ、ンサー」
意外そうにつぶやくアーチャーの頬に何度もくちづけを落とすと、真顔でランサーは言う。
「愛してるぜ」
だから意地悪いことをしてしまうのだと。
悪びれずにランサーが言うから、アーチャーはつい怒る機会を失った。けれどそれでは悔しいから、
「まるで子供だな、君は……!」
「あ?」
顔を背けて、嫌味を言った。
「なんだよ、怒ったのか? 機嫌直せって」
「怒ってなどいない!」
「怒ってんじゃねえか」
「怒ってなどいないと言っているだろう!」
「しっ」
怒鳴る唇に指先を当てられて、目を白黒させるアーチャー。にっと笑ったランサーは、ことさら低くささやくように、そんなアーチャーにむかって告げてみせた。
「大事なあいつが起きちまうぜ」


今度は、なんだか間男の気分だ、と軽口を言うから、アーチャーは真っ赤になったまま遠慮なくその青い頭を殴りつけてやった。



back.