「こいつ、寝てばっかだよなあ」
寝て曜日?と首をかしげるランサーに、アーチャーが唇の前で指を立てた。しっ、と小声でつぶやくから、とりあえずはうなずいておく。
なんだかかわいいしぐさだった。
冬も深まってきたある日のこと、ランサーがアーチャーの部屋を訪れると彼は部屋の中央で正座をしていた。やけにぴんと姿勢正しく、背筋を伸ばして正座しているからおおい、と声をかけたらすごい形相で睨まれて驚いた。
おいおいなんだよ、出迎えにその顔はねえだろ、と。
思いながらよくよく注意して見てみれば、その膝の上に子猫。
ああ、あの猫だ。
“あの猫”としか呼べないのはアーチャーが名前をつけないから。理由は知らない。聞いても答えない。仕方がない。
丸まって寝ている子猫は少し大きくなったように見える。寝る子は育つ、とそんなことをランサーは思った。
「おまえの膝の上が好きなのか」
固そうだけどな―――――そう言ってふざけて隙間に寝転がろうとすれば、ぺんと頭をはたかれる。
う、る、さ、い。
たわけが。
初めはくっきり区切るように、後からは流れるように。でもどっちにしても小声で言うのでおかしくなってしまって、注意されないよう口を手で押さえてランサーは笑う。
面白い。
「まだこいつ、魚とかは食わねえのか」
「子猫だからな……ミルクを飲ませている」
「へえ」
魚を食べるのだったら、釣りで獲たものを少し分けてやってもいいと思ったのだが。
「お、」
声を上げる。
子猫の目が開いて、鳴きだした。
アーチャーが慌てて手を差しのべると、がっしとその褐色の手に爪を立てて、さらに声高く鳴きだす。にゃおにゃお。
「なんだ、すごい勢いだな」
どうした、と目を丸くしてランサーが問えば、
「空腹なのだろう」
と、子猫の代わりにアーチャーが答えた。なるほど。
「ガキのときはとにかく腹が空くもんだよなあ」
「だろうな。……頼んだ」
え?
そう思う間に、手の中にやわらかくあたたかな感触。
「ミルクを作ってくる。それまで抱いていてくれ」
「え、ちょっと、おまえ、」
待て、と言う前に素早くアーチャーは部屋を出ていった。なんという速さ。
今の速度、おまえオレより最速の称号がふさわしいぞ、とランサーはすでに姿の見えなくなった相手に向かってつぶやく。独りで。
いや、これがいたか―――――と服に爪を立て、ランサーのぼりを始めようとしている子猫を見る。まるで火がついたかのように鳴く、その様を眺めて少々途方に暮れてみた。
「おい、」
大声で鳴きながら子猫はかまわずにランサーのぼりをつづけている。
「おまえ、いつになったらあいつ離れするんだ?」
にゃおにゃお。盛大に大声で。
「いや、それとも……」
この小さな体のどこから、こんな大声が出ているのだろうというくらいに。
その大声にまぎれて、ランサーはぼそりとつぶやいた。
「あいつが、おまえ離れできてねえのかもな」
言って、天井を見上げてくくっと笑う。そうだ、こちらの方が正しい。
子猫がアーチャー離れできていないのではなくて、アーチャーが子猫離れできていないのだ。
それをうらやましがるべきなのか、呆れるべきなのか考えて、保留した。とりあえずランサーのぼりを終えて、肩でもがいている子猫を掬う。てのひらで掬い上げて、体中を使って鳴く様を眺めた。
と、ばっとその手の中から子猫の姿が消えた。
ぱちくりとまばたきをしているとそのうち、子猫を抱えてどっしりと仁王立ちしているアーチャーの姿が、目に染み渡るように浸透してきた。
速い。
「そう睨むなって……ちゃんと見てたぜ」
「どうだかな」
つぶやき、哺乳瓶をかたむける。
すると子猫は勢いよくそれに吸いついた。
「……すげえな」
今飲み干さねばすべて奪われる、そんな勢いで一心不乱にミルクを飲んでいる子猫を思わずまじまじと見つめるランサーにアーチャーは慣れた様子でそうだな、と答える。
「おふくろ役も大変だな」
「―――――は?」
「今日ばかりはこいつに譲ってやるよ」
なにを、と言いかけた唇が奪われる。
軽く合わせられたのみのそれを、アーチャーはぱくぱくと動かし。
「譲っていないではないか……!」
当然のことを、口にした。
「ん? まあ、これくらいは許してもらわねえとよ」
オレも辛いんだよ、とふざけた口調で言って、ランサーはあっけらかんと笑ってみせた。



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