悪魔的な男だ。―――――じっと、その横顔を見つめながら思う。さりげないこの視線に気づいているのかいないのか。いるとしたら、また酷い男だと思うしいないとしても酷い男だと、思う。
どっちにしてもそうだ。酷い男だ。
と、男がこちらを見た。
静かな表情でこちらをまじまじといたたまれなくなるほど見て、笑う。この男はいつでも屈託なく男くさく笑った。すでに矛盾しているその顔を好きな自分はやられてしまったのだと考えるしかない。
「オレの顔になにかついてるか」
「目と鼻と口が。それと、牙がな」
「噛んでほしいか」
「いや」
短く断る。くつくつと男は肩を揺らして笑った。おまえ、なにじっと見てた?なに考えてた?ああやはり気づかれていたのか。酷い男だ。 動揺などそんなものはとうに捨てた。静かに目を閉じて答える。
「君が。悪魔のような男だと思ってね」
「悪魔? オレが?」
「そうだよ。君のことだ」
「どうして」
聞かれても困る。答えられない。だから素直に口にした。
「その質問には答えられない」
男は、きょろんと目を丸くして。
次の瞬間、噴きだした。
「無駄な抵抗は止せよ」
「無駄?」
「そうだ。悪魔に抵抗しても、無駄だってことはわかってるだろう?」
顔は笑って目は笑っていない、と器用な真似をする男は縮めていた身を伸ばすようにして一気に体を近づけてくる。ばねのようだ。それとも翼をはためかせて飛ぶ鳥か。いや、やはり悪魔か。その翼は黒く牙は鋭く。
獲物の元へ飛んで、その首筋に牙を突きたてる。
そんなことを夢想した。
ぞくりとした。
だがそれを表情には出さず、無駄なものかねと答える。
「君が悪魔だとしても、魂を売らなければなんの問題もないよ。たとえ体を売ったとしても問題はない」
「おまえ、冗談言うんだな」
舌が下から上へと首筋を舐め上げる。汗の味がしただろう。
「それに、相手を誉めたりするんだな」
「誉める?」
悪魔と言うのが?誉め言葉?
さすがに怪訝そうに見つめると、また首筋を舐めて男は言った。生暖かい生き物のような感触に体が動きそうになる。うごめく舌は軟体動物のようだ。男の体の一部のはずなのに、別の生き物ですというような顔をして、ぬらぬらと肌の上を這い回る。ああ、使い魔か。
自らもその身でありながら直感した。あかいあくまの使い魔が、馬鹿なことを考えた。
「悪魔ってのは大抵美しいもんだ」
は、と息を呑んだ。力が入る、気づかれたろうか?
嘆息する、ふりをした。
「自惚れも大概にしないか」
「おまえが言ったんだろうが」
「醜い悪魔もいるだろうよ」
「おまえがそんな酷いこと言うはずねえだろ?」
「……自慰は好き勝手にするといい。私は構わない」
不問に処すよ、とつぶやいて顔を背けると眉間の皺にくちづけられた。
「愛してるぜ」
「―――――」
「愛してるだろ?」
笑っている。
酷い、酷い悪魔が笑っている。
いとしい悪魔が。
じとりとその顔を睨みつけると、口を開けた。


「契約しようか、悪魔」


笑いを滲ませながら震えた声に男は目を見開くと、すぐに笑って同じように舌を差しだしてきた。
舌先と舌先で挨拶する。
そうして、一気に飲みこむように飲みこまれるようにその舌を絡め取った。どちらが先か、互いが同時か、そんなことはわからないし、どうでもいい。
男の……悪魔の舌は、やはり己の汗の味がした。


「ああ、愛している」
「やっと言ったな、馬鹿が」



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