乾いた唇がぱくぱくと動く。緩慢なその動作を読み取って、用意しておいたボトルの蓋を開けると口をつけた。
「ん」
声が出ずに動きだけを繰り返してた唇を塞ぐと一瞬だけ漏れる肉声。そのまま舌を使って口内の水を流しこむ。ん、ともう一度かすかな声。
「―――――、 、 っ、」
喉が音を立てる。わずかに口端を伝って落ちる雫はシーツを濡らした。白が、薄い薄い紫に染まる。
刹那しか見られない朝焼けの、ほんのきれはしの紫にだ。
ここに自分の体は存在しないのではないかという輪郭を辿れない深い闇の中でも自分たちの目はそれを見ることが出来る。相手の“目”ならなおさらだろう。
水をすべて明け渡しても粘膜の滑りのある感触が惜しく、舌を使いだすと腕が伸びてきた。
解いた髪のひとふさを掴んで、抵抗するのかと思いきや反対に求めてくる。こちらをじっと見ていた目はやがてゆっくりと閉じた。了承、認証、確定、再開。
覆い被さった体勢のままくちづけとなったそれを続ける。元から乱れた髪をまさぐれば、あらわになった額が隠れて印象がとたんに幼くなる。闇の中でも浮かび上がるような白。褐色の肌は反対に闇に沈んで、ところどころに赤や白濁した欲情が点在していた。
すべて、自分のつけたもの。情交の証。
無心に粘膜を探っていると、一ヶ所に鉄の味を感じる。裂けた痕。おそらく声を我慢して噛んだか。そんなところだろう。
舌を解放して、丹念にそこだけを舐めてやる。唾液を塗りこめるように。ぴちゃぴちゃと小さな音を立ててしばらく、傷は癒えていた。便利な体だと口端を吊り上げ少しだけ笑った。
寄り添った体を離す。シーツの上に横たわった体。獲物。いとしい。獲物。
足を抱え上げるとうっすら目を開ける。鋼色が涙に濡れて光を放っていた。舌を伸ばしてかするように舐める。甘い味がした。
どこもかしこも甘い。うっかりすると時折喰らいたいと、すべてを、臓腑まで喰らってしまいたいと考える。それを忘れるために抱く。別の快楽に溺れる、そしてまた、濡れた体を舐めて甘さに溺れ、闇の中でひとり獣と化すのだ。
消え入りそうな低い声がなにかを訴えるかのように闇に溶ける。見てみれば抱え上げた足のその奥、吸収されていなかった魔力の固まり、白濁としたものが伝って褐色の肌を汚すのが見えた。
もったいない、と唇が動いてそんなことを言うから、そんなことを言わなければよかったと後悔するくらい注ぎこんでやると答えて頬にくちづける。
腰の奥にわだかまるぐるぐると渦巻く熱。これが溶けて相手の中に注ぎこまれ、糧となる。
まるで喰らい合いだ。気づいて笑うと先端を飲みこむ準備として体の力を抜いていた相手が怪訝そうに見上げてくる。
けれど教えてやる暇はない。そのまま突き入れれば衝撃に身をすくめるものの、二度目。ゆるゆると前後運動をしているうちに慣れて、同調し始める。仰け反る喉。喘ぎ。名を呼ぶ。答えて頬に手をやれば目を細めて笑う。ああ、もう、本当に幼い。
気に入れば抱く性分だからなんとも思わないが、普段との落差に絶句する輩もいるだろう。もっとも今は自分だけのものだ。そう思っているし、そう誓わせたし、自分も誓った。
次第に強く突いていけば、喘ぎさえろれつが回らなくなってただ開いた口から赤い舌がちらり見せつけるように覗く。
それ以外忘れてしまったかのように自分の名前だけを呼び続ける唇を塞いで体を揺さぶる。口内で舌が跳ねて泳いで力を失う。
二度目の到達は早かった。くたりと力を失った体は、それでも敏感に反応し続けて震える。
さんざんその反応を楽しんでから、息を詰め、体の内に行き場を求めて暴れていた熱を一気に注ぎこむ。口は開くが、無音だ。
残さず余さず注ぎこんで、詰めた息を吐きだす。閉じたまぶたの上を通りすぎるものがあって、目を開ければ汗だくだった。解いた髪は汗ばんだ体のそこらじゅうに貼りついている。
水に潜った後のように頭を振って振り払えば、なんとかましにはなった。
ため息をついて闇の中を見る。弛緩した体をつなぎとめるのは自分自身だ。ゆっくり、そっと抜き取っていけば半覚醒状態のように呻き、完全に抜き去れば耳にやわらかな音を立ててシーツに沈んだ。
用意したボトルと、タオル。清めようと手を伸ばしたところを止められる。
振り返れば腕。体はシーツに沈んだままで、腕だけが鎖のように伸びてこちらの腕を掴んでいた。
前髪が隠して顔の半分がよく見えない。その分、鮮烈に目立つ赤い唇と舌がコマ割りのように動いて、


わたし を たべて


しん、と沈黙が耳に痛い。戻ってきた意識は本当に聞いたかどうかわからない声に支配されて浮かれている。
「ああ―――――」
出した声が楽しそうで、自分でも笑ってしまう。
「おまえが、そう言うなら」
何度でも、とつぶやくと闇の中で唇が動いた。
それは、笑っているようにも叫びだしそうにも見えた。



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