「ハーイどうもコンニチハはじめまして☆オレの大事なマスターが現在健気に求職活動中なために今日からこちらでお世話になることになりましたサーヴァント・アヴェンジャーと申します! みなさん気軽にアンリ、もしくはアベ君って呼んでくださいねー☆あー、これつまらないものですがよかったらどーぞ」
ニコニコと屈託のない笑みを全開に浮かべ、言葉のとおりそこらのコンビニで買える期間限定品ですらない一箱定価百円あたりのチョコ菓子を差しだした少年に衛宮邸の一同はそろって放心した。
中でも一番ひどいのは家主の衛宮士郎で―――――呆然と目を見開いたあげく固まり、やがてわなわなと震えだしてお決まりのセリフを絶叫した。


「なんでさっ!!」


―――――まあ、なんでさと言われても決まってしまったものは決まってしまったもので。
アヴェンジャー、イコールアンリ・マユは衛宮邸の一員として居候することとなった。
さてみなさんご存知のとおり、アヴェンジャーはあからさまに見た目が怪しい言動も怪しいそもそも根底存在から怪しいときたいわゆる根っからの不審人物?である。
だがしかし、
「その……あんた、暇じゃない? 到底理解できないかもしれない魔道書だけど……よかったら、読む?」
そうツンデレ気味に述べたのは遠坂凛で。
「アヴェンジャー。バイト帰りにヴェルデの大判焼きを買ってきました。よければ、いかがですか」
クールにたずねたのはライダーで。
「あの……あの、アヴェンジャーさん……わたし、その、新しいレシピを研究してみたんですけど。よかったらその味見、なんて……あ! ち、違うんですよ!? その、実験とか毒味とかそういうことじゃなくて! わたしはただ純粋にそのあのっ」
初めおどおど中積極的、最後にはテンパり気味にアタックしたのはアンリ・マユとは因縁あるはずの間桐桜。
「へへへ、サンキュー」
へらへら笑ってそれらを受け入れるアヴェンジャー。柱の影から見つめる衛宮士郎は理解不能だ、といった風貌でやはり呆然とその様を眺めていた。
「なんでさ……」
彼にとって幸福だったのは彼のサーヴァント・セイバーが唯一そういった態度を取らなかったことだろう。彼女は不審げな視線をアヴェンジャーに向け、落ちこむ衛宮士郎に向かい
「大丈夫です、シロウ。わたしはあのような輩にかどわかされることは決してありません。安心してください」
「セイバー…………」
じいん、と目端に涙を滲ませて、力強く言いきったセイバーを見上げる衛宮士郎。ああ、彼女は冬木砂漠の中の心のオアシス。
しかし。
「アヴェンジャー、道場に来なさい。あなたの弛んだ態度は目に余るものがあります。徹底的に鍛えなおしてあげますので覚悟するように」
「えー? やだめんどくさい」
「めんどくさいではありません!」
居間に寝転がってだらだらと雑誌を読みながら煎餅を齧るアヴェンジャーを一喝するセイバー。それを定位置となった柱の影から見て、衛宮士郎は滂沱の涙を流した。
「…………セイバーのうそつき」


「え……別に特別な感情とかはないのよ? だってあいつ全然わたしの好みなんかじゃないし。だけど……なんか、ねえ」
「ええ、わたしもまったく。ですが、彼を見ているとどうも……」
「せ、先輩あのその……ごめんなさいっ!」
彼女たちが言うには、どうもアヴェンジャーを見ていると奇妙な“保護欲”だとかそういったものをかき立てられるらしい。いわゆる小動物に目が行ってしまうとか、危なっかしい子供から目が離せないとか、ダメ男を腹が立つけど放っておけないとか。そんな感じらしい。
あと、間桐桜の謝罪は地味に来た。別にいらないと思うし。
平和な日常が崩れていく―――――アヴェンジャーの登場で、衛宮士郎の立ち位置はどんどんと崩れていったのだった。


そのもっともたるものが。


「なー。なー、いーじゃん。しよーよ。オレかわいいでしょ? ほっとけないでしょ? キュンときちゃうでしょ? だったらさ、なー?」
アヴェンジャーに与えられた離れの一室。
本人たっての希望で昼間でも陽の光のあまり当たらない、薄暗い場所に甘えるような、だが押しの強い言霊が響く。
「知ってんだぜ? アンタがこの家の女たちみたいに、オレのこと始終気にしてんの。なあ素直になれよー。意地張ってたっていいことなんもないぜ? 素直になっちゃえよー、欲望解き放ってオレと一緒にケモノになっちまおうぜ? あ、だいじょぶオレ上手いから。満足させてやるよ。最弱だけど」
そう言いながら相手にのしかかるアヴェンジャー。相手は動けず、明らかに困った表情を浮かべている。
それは衛宮邸の女性陣たちと同じ反応だった。奇妙な“保護欲”をかき立てられ、あからさまに体の危機、ぶっちゃけて貞操の危機だというのに抵抗出来ない―――――。
「な?」
そう言ってアヴェンジャーがつう、と相手の喉下に指を這わせたとき、爆音を立てて部屋の襖が左右に開かれた。
室内のふたりは目を丸くしてその闖入者を眺める。
「……な、な、な」
顔を真っ赤にし、肩で息をつき。
わなわなと震えてゴーゴー……ではなく、湧き上がる感情を必死に抑えていたらしい闖入者だったがとうとうリミット・ブレイク、耐えきれなくなったように絶叫を上げた。
「なにやってんだよ、おまえらっ!!」
それは衛宮士郎、最近立場のめっきり危うくなったこの邸宅の主であった。
彼にはらしくなく感情をあらわにしたその態度にアヴェンジャーは黒い瞳を半眼にしポリポリと頭をかくと“相手”に迫っていたのとは180度違うだらけた声で
「なーんーだーよー。邪魔すんなって。なに? それともアンタも参加しにきたわけ? あのさ、オレ大抵のアブノーマルなプレイはオッケーなタイプだけどだからこそ逆にスタンダードな3Pは勘弁っていうか」
「だっ誰がそんなこと言った!? ……ていうかアーチャー! おまえ、なんでおとなしくされるがままになってるんだよ! いつもなら“たわけー”とか言ってぶん殴ったり干将莫耶投影して足腰立たないどころか原型留めなくなるまで叩きのめしてるところだろ!?」
猛烈な衛宮士郎の主張に襲われていた相手…………実は衛宮邸に居候していたサーヴァント・アーチャーは顔をほのかに赤く染めると、
「いや……しかし……だな……」
ブルータスおまえもか。
衛宮士郎はそのとき思ったという。
どうやら心は硝子、乙女回路搭載のアーチャーは女性陣と同じくアヴェンジャーの“魔力”に囚われてしまったらしい。くわえて小さきもの弱きもの、とにかく放っておけないタイプに弱いアーチャーのこと。いっそう強くその呪いにかかってしまったのだろう。
アヴェンジャーはその様子を見てにんまりと口端をチェシャ猫のように吊り上げて笑うと犬耳犬尻尾を出し(なんて矛盾!)アーチャーに向かってさらに畳みかけるように攻撃を仕掛ける。
「なーんだアンタ見たカンジまんざらじゃないじゃん? いーじゃんいーじゃんしよーよ。なーしよー? 悪いようにはしねーからさー。なー?」
「…………」
「ばっ馬鹿! 勝手に話進めるなよっ! ゆ、許さないからな俺は俺の目の色が黒いうちは俺の家でそんなっ」
「アンタ目の色黒くないじゃん」
「そういう問題じゃない―――――! あとアーチャーどきどきするの禁止―――――!」
アヴェンジャーに甘えかかるように胸元にのしかかられ、口元に手を当て視線を畳に落としているアーチャーに絶叫し、衛宮士郎は顔を真っ赤にして指を突きつける。
「そもそもおまえ、後から出てきてなんなんだよ! お、俺だって、俺だってなあ……っ!!」


しん、とその場が静まる。
アヴェンジャーがアーチャーにのしかかったまま黒い瞳をきょろんと丸くした。アーチャーも鋼色の瞳をきょろんと丸くして士郎を見。
自分が何を言ってしまったのか気づかない様子だった衛宮士郎はしばらくしてから言い放った言葉の意味を理解したようで―――――
「ち、ちが…………っ!!」
「へー。へーえ。そうなんだ。そーなんだー。アンタも結局この弓兵さんがスキってワケなんだー。へーそうなんだーへー」
「だ、だから違うって言ってるだろっ!?」
「じゃあオレが食っちゃったっていーじゃん」
「それは駄目だって言ってるだ、」
口を開けば開くほどどんどこ深みにハマっていく衛宮士郎。そうなのだ。そうである。実はこの少年、正規の聖杯戦争のころから、弓兵アーチャーを好きだったのである!ババーン!
…………なんてアヴェンジャーテンション的にごまかしてみるが、この場が修羅場なのは確実である。
アヴェンジャーは心底楽しそうに笑うと、無邪気に禍々しい表情を浮かべる。そして。
ぷちゅっ。
「…………っ」
「あ…………あ―――――!!」
犬か猫が飼い主にくちづけるようにアーチャーの唇を奪ったアヴェンジャーは衛宮士郎に向かって誠に憎たらしい顔をする。
そうして、宣戦布告のように耳まで真っ赤になったアーチャーの頬を左右から両手で挟み、明るい声で楽しげに告げたのだった。
「さてエミヤシロウさん? 今からこいつを巡ってオレとアンタの戦争だ。せいぜい頑張ってみせてくださいよー?」
そうでなくちゃ楽しくありませんから。
きしし、と笑い声を立てたアヴェンジャーに、アーチャーと同じく耳まで真っ赤になった衛宮士郎はわなわなと震えて


「なななななっ、なんでさ―――――っ!!!」
お決まりのセリフを、絶叫したのであった。


後日。
「あら、坊や全ッ然、まっったくわたしの好みじゃないけどなんだか気になるわね……。どう? 悪いようにはしないわ。これからちょっと、わたしに付き合ってみない?」
柳桐寺の若奥様、キャスターに街中で声をかけられるアヴェンジャーの姿があったという。



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