英霊の集う宴会場。ここがどこか―――――なんて、深く考えてはいけない。消されてしまう危険性も孕んでいる疑問だからだ。
アルコールに弱いアーチャーはどんちゃん騒ぎの中(そりゃあもうそこらじゅうから英霊が集まっているのだ、その声量たるやなんたるや。並の人間なら鼓膜が破れ血が噴きだしている。イタイイタイ)ソフトドリンクをちまちまと消費していた。別にノンアルコールカクテル、一気飲みしたとしても酔いはしないのだが、
「なんだあ? おまえ、まだそれっぽっちしか飲んでねえのかよ!」
この男が問題である。
自分がくいくいと水のように酒を呑めるからといって誰でも同じと思うな。だがそう言ってもへ?普通だろこんなのと来ることうけあいだ。
少なくともアーチャーの中で樽単位で酒を呑む男は普通の男ではない。英霊だからなんだとか関係ない。絶対ない。
これで素面なのだから本当に怖いと思う。いやはやまったく。
本日は一年に一度の英霊たちの慰安の酒盛り。その場でぽつんと盛り上がれないのはアーチャーも気にはするが、かといって仕方のないことだろう。無理に呑んで周囲に迷惑をかけるよりは、よっぽどましだ。
「そんな甘ったるい酔いもしねえもん呑んで何が楽しいんだかねえ? まあオレもいまいち楽しくねえがな、なんてったって料理がおまえの手作りじゃねえし」
「……帰ったら作ってやるから我慢したまえ。それから口も慎んだ方がいい。せっかく誰だか知らないが用意してくれた場なのだから、不平不満を言うのは良いことではないだろう」
「ふうん」
そう言うと男はすい、とアーチャーに顔を寄せてきた。アーチャーが一度鋼色の瞳をぱちん、とまばたかせると、
「んじゃ、前払いでな?」
「―――――ッ」
次の瞬間響き渡ったコキャッとかいう音にさんざめいていた周囲がわずかにボリュームを落とす。発生源であったアーチャーはにっこりと笑うと一転、きっと視線を鋭くした。
関わって面白いことでもないと思ったのか、それとも痴話喧嘩は狗もなんとやらとでも思ったのか、集まっていた注目はそれで霧散する。首をいい感じにホールドされて絞められた男―――――ランサーはしばらく軽く悶絶していたが、やがて恨めしそうに視線だけを上げた。
「って……ひでえなあ、おい」
「君のしたことからすれば当然の報いだ! むしろ優しい方だと思ってもらおうか!」
「嫌いじゃねえくせに」
「……な、に、がだ」
「オレのことも、こういうところで―――――されるのも……っていてててて! いてえ! いてえってのマジで! わかったからやめろ! 死ぬ! マジで死んでるけどさらに死ぬからやめろ!」
「了解した、地獄に落ちろランサー……!」
そう言いながらもアーチャーはようやっとランサーを解放した。辛かったろう、痛かったろう、堪えたのだろう。
髪で少し隠れたうなじには絞められたときの赤い跡がくっきり残っている。これはひどい、としか言いようがなかった。
「おまえに意中の相手に首輪付けたがるような癖があるなんて意外だな―――――んでもねえよ」
「座に帰りたいのかね、君は?」
楽しいパーティの最中に?
耳を真っ赤にしながら(怒りか羞恥か判別がつかず)つぶやいてアーチャーはコップの中味をすべてあおった。そしてラフな黒シャツの袖で口元を拭く。気が荒くなっているのか、強く擦るようにしたのでいつもよりアーチャーの唇は赤味が差していた。


「…………」
言いたいな。
だけれども、これを言ったら今度は即死コンボだろう。
思ってランサーは口を閉じた。唇を奪いたくなる衝動も堪えて。だって卑怯だろう。
あんな美味そうなものを目の前にぶら下げられてハイお預けなんて卑怯すぎる。
本当はしてほしいくせに。
思ってランサーは琥珀色の氷が浮かぶグラスを傾けた。
知っているのだ。ランサーは。

“ランサー……なあ、頼む、頼むから……”

そう言ってシーツの上に膝をついて身を乗りだして。時にはランサーが奪われるときもある。攻守の逆転があることは決してないけれど、アーチャーがリードを取ってランサーを押し倒し、上に乗り上げることもあるのだ。

きみがほしい、らんさー。

そんな様でわざとらしく拙い口調で奴は言うのだ、とランサーは思う。

ああ。
なんとなくやばいな、と思った。
この公衆の面前で今ランサーがしたいことをしたら死に物狂いで抵抗されて、結局どっちかが死ぬだろう。
つまりはそういうことだ。
命のやり取りもどうしたって興奮するが、今は別の回路がぎゅんぎゅんと回っている。
ああ、まったくもって卑怯だよなァ―――――、ランサーが繰り返したときだ。
「おい、今のは誰だ?」
「ん? ああ、第四次戦争のときのクラス・ライダーでね……以前少し交流があって」
「あ? ああ、あのでかぶつか」
その言い方はやめたまえ……とアーチャーが小声で言う。それが可愛かったので追撃してみようかと思ったがやめた。
そういう命のやり取りは好きじゃない。
「おまえ、仲いいのか? あいつと」
「いい……という程でもないのかな? けれど珍しく見ていて気持ちのいい男だと思うよ」
「は?」
キモチノイイ オトコ?
がっしと肩を掴まれたアーチャーは目を白黒とさせる。ランサー?うろたえた声が聞こえるが生憎とそれはリミッターにならない。
「よかったのか」
「は?」
今度はアーチャーが繰り返す番だったが、ランサーは気にもせず。
「馬鹿野郎、オレは浮気されたからって怒るような心の狭い男じゃねえ! だがな、おまえの体を心配して言ってるんだ! おまえの体もそれなりにがたいがいいが、あの図体もあそこもでかぶつな奴と比べたら…………」
「何を」
首に腕を回されて、
「言っているのかね君は―――――!!」
一気に絞め落とされたせいか、苦しさはなかった。


ランサーが起きたときは宴会は終わっているし首はじんじんするしでさんざんだったが、アーチャーが膝枕をしてくれたのでよしとした。



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