音を立ててアーチャーはそれを舐める。ランサーは黙ってそれを見ている。間近に。
そうせざるをえないのだ。だって、アーチャーが真剣に舐めているのはランサーの眼球だから。
ランサー、頼む。
子猫のように舌を出して、アーチャーはランサーの赤い瞳を懸命に舐めている。ゼリーがけのチェリーのように膜の張った赤い瞳。
悪いようにはしない。
「―――――おまえも、変な趣味してるよなあ」
呆れたように、しかし笑って言うランサーに答えずアーチャーは声を詰まらせて、ん、とつぶやいた。唾液に濡れた眼球は、まるで泣きでもしたかのように滴るように光っている。だが泣きそうなのはむしろアーチャーのほうで、なにをそんなに興奮しているのかはわからないが、頬は紅潮し、彼の鋼色の瞳もうっすらと膜を張って濡れ光っていた。
くすぐったそうにときおりランサーは声を立てて笑う、それを聞いてアーチャーは何故だか身をすくませる。硬直した体で、しかし舌は休めずに懸命に愛撫をつづける様はいっそ滑稽だった。
ときおり眼球から唇を離して、まぶたにくちづけて。それからすぐにまた愛撫に戻る。まるでランサーが逃げてしまうと危惧しているかのようだったので、足の上に乗り上げたその細腰を掴むとランサーは逆にアーチャーが逃げられないようにした。
「ラン、サー……?」
「いや。特になんということもねえんだが」
それは嘘だ。だけどアーチャーは気づかないようで、されるがままになりながら愛撫をつづけた。ランサーは浮きでた腰骨を辿りつつ、舌に支配されたほうとは逆の目でアーチャーの様子を見やる。いつもならばどこかに触れれば動揺して騒ぐのに、いまは驚くほど静かだ。ただ、熱い息と濡れた音だけがその口からは漏れる。
敏感な場所をうごめく粘膜の湿った感触にも、ランサーは無反応をつらぬいた。
ちらちらと見開いた赤い瞳を愛撫する、舌。
急所を愛撫する急所、無反応なのは表面だけでざわざわと奥底から湧き上がってくるものがある。立場を反転させて腕をねじりあげその身をおさえつけてそれから。
それから?
ふ、と嘆息したランサーに舌の動きが止まる。
「ランサー?」
「なんでもねえって。ただ、オレも野暮なこと考えるようになったと思ってよ」
「…………」
怪訝そうにアーチャーはランサーを見ると、首をかしげた。
「野暮?」
「ああ、だからなんでもねえよ。ほら、やりてえんだろ? その高いプライド折ってまで頼んだんだ、つづけろよ」
「…………」
今度はむ、とした様子でアーチャーはランサーを見る。明らかに不満そうな顔にランサーは噴きだした。
「それとも、してほしいのか?」
言ってべろりと舌を出す。そうして半眼になったアーチャーの鋼色の瞳に舌先で挨拶をした。いままで愛撫されていたのとは逆の左目に、ゆっくり愛撫を施した。腰を掴んでいた手を滑らせて、両肩を掴む。とっさに体を捩って逃げようとしたアーチャーは逃げること叶わず、奇妙な声を上げて身をすくめる。
「ランサー! やめないか!」
「さっきからおまえ、オレの名前呼んでばっかりじゃねえか。どうした?」
そんなにオレが恋しいかと問えば黙る。その予想通りの反応がおかしくてくく、と喉を鳴らす。そうだ。急所といえば、ここもだ。
ここを食んでさんざんに泣かすのも面白いかもしれないな―――――。
けれどいまはこのやわらかく脆い急所を愛撫していたい。やさしく、やさしく。
と、ランサーは肩を掴まれて目を丸くした。頬を紅潮させたアーチャーが、荒く息をついている。
瞳は濡れていた。左目が特に、濡れていた。
「アーチャー?」
名を呼ぶ。ぎりぎりと食いこむ指先が痛い。
アーチャーは濡れた目でランサーを睨みつけて、吠えるように言い放った。
「今回は私がするのだと最初に決めただろう!」
「…………」
ランサーは目を見開く。その隙にアーチャーは驚きの素早さで眼球にくちづけた。唾液に濡れた舌を悩ましく差しだして、赤い瞳を愛撫する。赤い舌と赤い瞳が触れ合う。
ひそやかな音を立てて。
その熱心さに、唖然としていたランサーだったがくく、と喉を鳴らすとされるがままに戻る。
熱く湿っていく吐息と、自らの急所を満足そうに認識しながら。
たまにはこんな状況もいい。



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