最近、やたらと気になって仕方ない。
いや、前から気にはなっていたんだけど。―――――それは違う意味で。嫌味な奴だとか、嫌味な奴だとか、嫌味な奴だとか。
だけれどいまは違う。
俺は正常なはずだとひとり懊悩。セイバーはかわいい。遠坂は憧れだ。桜は守ってやりたいと思う。ほら、正常じゃないか。……でも。
でも、だ。でも、なんで、誰一人としてあいつに思うような感情を抱けないんだろう。
それは一般的に恋心というやつで、
「衛宮士郎」
「―――――ッ!?」
一瞬だったけど、雷に打たれたように体が震えた。汗がふきでる。顔がかあ、と赤くなるのが自分でもわかった。
平常心、平常心、平常心。
気づかれないようにそっと深呼吸して、振り返ってその顔を見た。すがめるような目つきで睨んでやる。なんだよ、とふてぶてしく返すと返ってくるのは平坦な声。
「凛が呼んでいる。急がなくともいいと言っていたが、なるべく早く行ってやれ」
「わかった」
短く。長く話せばボロが出るかもしれないから。それにしても、と喉の奥で笑う。嫌味か忠告以外には、こんな話しかしないんだよな。なのになんで。
こんな、ドキドキするんだろう。
しんと夜の空気は重く、静まりかえる。沈黙は苦手だった。だけどなんだか、ほっとした。変だな。心の底で思う。けど。
元々変なんだから、いいか。
なんて。そんなことを、思った。
「……帰らないのか?」
「おまえに指図される覚えはない」
「あー、そうだよな」
嫌味な奴!
むっとして黙りこむ。するとくつくつ小さな声がした。見てみると肩を揺らして笑う姿。
顔はいつもの嫌味な表情のままだったけど、本当に楽しそうに笑うから。
どうしていいのかわからなくなった。
「衛宮士郎?」
怪訝そうな声。
「どうした」
「え」
なにが、と聞き返す。おかしな顔をして、といつものように嫌味に言うから慌てて表情を取りつくろう。とりあえず一番手早いふてくされた顔。上手く出来ただろうか。
「おまえこそ、めずらしいよな」
「…………」
「俺にどうした、なんて聞くなんてさ」
おまえこそどうした?
負けないように嫌味に聞き返してやる。すると目をつぶって、アーチャーは静かに答えた。
「さて、どうしてだろうな」
「……は?」
「私にもわからん。いまは共同戦線を張っているが、いずれ敵になる。そんな相手にかまうなど、私のすることではないが……」
鋭い視線、鋼色の瞳。上目遣いでそれを見つめ返せば、ほどけて意外にやわらかく笑う表情が、視界に飛びこんで、き、た。
「アーチャー……」
「さて、話は終わりだ。私は凛の元へ帰る」
泡沫のように時はすぎ、アーチャーは聖骸布をひるがえして遠坂の元へ帰ろうとしている。はし、と。気がつけば、腕を伸ばしその赤い裾を掴んでいた。
「なんだ」
「あー……あの、さ、え、っと」
困った。言うことなんてなかった。ただ呼び止めたかっただけだ。もっと一緒にいたかった、それだけ。
「もうちょっと。ここにいてくれよ」
「私にはその理由がない」
「俺にはある。おまえともっと一緒にいたい」
「―――――」
「一緒に、いたいんだ」
「……何故」
「わからない。だけどきっと」
すきだからだ。
「きっと?」
「あー……う、えっ、と、」
「言えないのならそこで独りで考えているといい。おそらく、いまよりは思考がまとまるはずだ」
頭も冷える、と言い残して、アーチャーは消えた。霊体化したのだろう。手の中にあった聖骸布すらその感触をなくし、握りしめるてのひらにはただ、浮かれた自分の体温だけ。
ぎゅうとこぶしを握りしめ、つぶやく。
「わかってて―――――」
あいつの言うとおり、今日の風は冷たい。混乱して熱くなったはずの頭も冷えていく。だというのに奥底にうずくまる想いは冷えない。ほんわりと、それでいて大きな顔をしてそこにいる。じっといる。
強情だ。どく気なんて、ないんだろう。自分みたいに強情な奴。
「言ってるんだとしたら」
くすり、と笑う。
「本当、やなやつ……っ」
くすくすくす、と風にまぎれて笑う。飛んでいってしまえばいいのに、このまま。あいつへの“おそらく、恋心”もそれにまつわる様々複雑な感情、すべて。
―――――だけど。
「だけど、それは俺じゃない……」
さっきまでの笑いをひそめて、違う種類の笑みを浮かべた。セイバーにも、遠坂にも、桜にも、まだ見せたことのない顔。
つい最近までは俺自身も知らなかった。
いつかこの笑みをあいつの前で浮かべるときが来るだろうか。そうしたら、俺は、好きだって、あいつに。
「……っと」
風が強い。髪をこめかみでおさえると、俺は居間に向かった。まだ、時間はある。無限じゃないし、やることもたくさんあるけど、俺は。
手の中で感触を失った聖骸布。それが消えるわずかなあいだに握りしめた感触を記憶に転写して、俺は歩く。
まっすぐに。消えた背中を追いかけるかのように、視線を逸らさずに。
この未熟な恋心を、どうか。



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