その指先につい目が行く時がある。
「……なんだ」
不審そうに聞かれて、思わずはっとする。また、か。またやってしまったのかと知覚して自覚してかっとなる。
「なんでもない!」
そんなことないのに。
「そうか」
なんでもないなら見るな、とか、なんでもないわけないだろう、とか、そういう憎まれ口を叩いてくれたらいいと思った。なのに相手はどこまでも無関心で平行線で、自分ばかり馬鹿みたいだ。
(馬鹿なんだろうな)
本当に、馬鹿みたいだ。


「衛宮士郎?」
手を取って、怪訝そうな顔を見て、笑ってみせて、失敗して、自分が嫌になって、真面目な顔をして、鋼色の瞳に見据えられて、どきりとして、開き直った。
万華鏡のようにくるくると変わる自分を見て相手は何を思ったのか。そんなのどうでもいい。
ただ、キスしたかった。自分から派生した、それでもまったく違う節くれだったその指先に。
「……馬鹿が……っ!」
「気づかない方が馬鹿なんだよ」
「血迷ったか!」
「かもな」
「頭を冷やせ!」
「―――――やだ」
小僧が、と罵られる。だけどさ、あんた。
今はあんたの方がガキみたいだ。
逃げ出したいような顔して、怒ってるくせに泣きそうで。ああ、泣けばいいのに。こんなところでこんなことしてるんだから、泣いちゃえば誰か助けにきてくれるだろ?
だけど恥ずかしいんだよな。見られたくないんだろ。ばぁか。
知ってるんだ。俺もそうだから。
「恥ずかしいだろ」
「…………」
「答えられないのか? 声出ない?」
「…………ッ」
首を振る。噛み破りそうに唇を噛んで、血が出そうだ。出たら舐めてやろうかな。そうしたら泣くかな。今度こそ。
でも今はこっちがいい。この指を自分のものにしていたい。
声にならない悲鳴を聞く。指の先から呑みこんでいって、爪の感触を舌先でなぞって骨を辿る。歯を立てると硬くなった体が震えるのが伝わってきた。
一本一本大切に。大事に大事に。
愛してやるから。好きでなくていいから。
好きにさせてくれればいいよ。
まずは指先から愛してやるから。
「あ、」
ほろり、と目の端からこぼれるもの。
それを見て嬉しくなって、屈託なく笑った。馬鹿みたいだとわかっていても、嬉しかったんだ。
「やっと見えた」
おまえのこと。
口に出して気づいた。そうか。
見えてなかったんだ、今まで。おまえのこと。
「たわけ……!」
「うん。それでいいよ、俺」
「私は、……ッ、オレは、よくない……!」
「アーチャー」
指先にもう一度くちづける。童話の中の王子様みたいに。
そうやって、王子様は呪いを解くんだ。


自分の想像があまりにも幼稚すぎて、つい噴きだしてしまったら泣き顔のくせに怒った奴に頭を殴られた。



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