噛んでいたら、癖になった。
「…………」
火も点けない煙草は苦い。ひどく、にがい。
フレーバーを乗せても苦い煙草のフィルタを噛みながら、ランサーは思う。
こんな噛み癖が自分にあると知ったらアーチャーはどう感じるだろう。
――――自分を噛んで。
そんな風に強請ってきたりはきっとしない。体を差し出してきたりなんてしない。噛ませてくれれば癖も治りそうなのにな、とランサーは思って、またがじり、とフィルタを噛んだ。
簡単に潰れる紙の感触。柔らかい。これがアーチャーなら。
もっと堅くて。
噛み応えが、ある。
目の前の腕を掴んで噛んでみたのならどんな反応が返ってくるだろう。驚くのだろうか。怒るのだろうか。泣き、はしない。たぶん。
泣かれたら困る。割と。
……遠坂凛に、殺される。
わたしのアーチャーになんてことしてくれたのよ!
「…………」
この場にいない凛の怒声が聞こえた気がして、ランサーは軽く震えた。凛のガンド乗せパンチ。顔面に決まるといい感じに辛い。痛い。苦しい。
ガンド+鉄拳の破壊力。うずくまったところを踏まれて、虫ケラみたいねと笑われて。
腕のバリケードの向こうで、アーチャーは目をぱちくり。
「――――ランサー?」
「げほっ」
不思議そうな声に思わず咳き込んだ。火も点けていない煙草を咥えたまま何度も咳き込む。アーチャーは手を伸ばして背を擦ろうとして来たが、もちろん丁重にお断りをした。
「……なあ、ランサー」
「……ん?」
「えい」
えい?
すかさず奪われる煙草、押し込まれた細いもの。きゅっ、と反射的に噛み締めたそれは甘い味がした。
「あっま、」
「どうせ噛むならこちらにしたらどうかね」
「…………?」
ぽきん、と中途で折れたのはココアの味がする、
「ココアシガレットだよ」
駄菓子だった。
「……あのな」
「こちらの方が微笑ましいし」
「そりゃ、まあ、」
駄菓子だし。
気が抜けたようにつぶやくランサーに、アーチャーはにっこりと笑ってみせる。
会心の笑みであった。
「でも、こんなもん溶けるだろ」
「まあ、いつかは」
「そしたらどうすりゃいいんだよ」
「次を押し込んでやるさ」
にこにこ。
……本気だ。
「鳥の雛か何かか、オレは」
「んー?」
楽しそうである。
「光の御子を餌付けするというのもまた楽しそうだな」
「あのな……」
というか。
「煙草。返せ」
「駄目だ」
「駄目だじゃなくて」
「えい」
あ。
ぱくん、とアーチャーが咥えたのは、
「おまえ、」
「……湿っているな」
ランサーが散々噛んで潰したフィルタ付きの煙草。
「ふにゃふにゃだ」
渋い顔に、思わず気が抜ける。そりゃそうだろう。ずっと噛んでいたのだ。涎だって染み込んでいるし。……染み込んで、いるし。
「間接……」
言いかけて止めた。気付かないでくれるならそれでいい。
難しい顔でちゅくちゅくとしけった煙草を吸っているアーチャーを見て、ちらりと見て、ランサーはココアの味がする駄菓子を齧った。
端から溶けるその菓子の続きが、いつ押し込まれるのかと思いながら。



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