「うーん」
「…………なにをしているのかね」
シャッターを切るようにポーズをつけていたランサーは、じとりとした視線と声に我に返ったような声を上げた。
「ああ、気づかれたか」
「気づくわたわけ」
「見張りにゃ自信があったんだがな」
見張り?と怪訝な顔をするアーチャーに、ちゃぶ台に肘をついたランサーは煙草のフィルタを噛むとつぶやく。唐突だがよ、と前置きをして。
「おまえの格好はどうしてそう変わり映えがねえんだ」
「…………」
アーチャーは。
ふっと笑うと壁に寄りかかった。
「どうせ君と違って私は衣装持ちではないよ……」
「え、なんだ、地雷か? 地雷だったのか?」
「だけどこの服だって気に入っているのだよ! 悪いかね!」
「逆切れしやがった!」
わーかったってわーるかったって、と言いながらランサーはアーチャーのエプロンの紐を引っ張る。明らかに慌てていた。
冷や汗をかいている。常に地雷を踏み抜いて歩いているようなランサーでも、まともに踏み抜いてしまうと本気で慌てるらしい。本気で気難しい恋人のアンバランスな感覚にランサーは懸命にバランスを取ろうと尽力した。
シーソーゲーム。聖杯からなんだかそんなタイトルの歌が降ってきた。無料配信。ダウンロードしました。
恋なんてなんとかかんとかほにゃらららら。
聖杯機能は本当に便利だ。
確かに色恋沙汰はゲームのようなものだ。腕次第であっけなく極めることもできるし、下手を踏んで自爆することもある。それが今だが。
細い腰にしがみついて、遠いところへ旅立ったアーチャーをなんとか理性の淵へ引きずり戻すと、ランサーは懸命に訴えた。
「よし、出かけようぜ。家事は坊主にでもマキリの嬢ちゃんにでも頼んでよ、二人で遠出しよう、な?」
その、「な?」にアーチャーが弱いのを知っていてランサーは首をかしげた。いざとなればバスを使わずともアーチャーをかついでまで向かう覚悟だった。そこまでせずとも、彼がついてくるのはわかっていたけれど。
だってアーチャーはランサーを愛している。
ランサーはそう自負していたしそれは事実だった。
だってアーチャーは、わずかに赤くなってこくんとうなずいたのだ。


「やっぱおまえは、シンプルなのが似合うと思うんだよ」
陳列された棚から白い開襟シャツを手に取ると、ランサーはアーチャーの胸の前で広げた。
かすかな衣擦れの音がして黒い静穏なイメージが鮮烈な白に染まる。うん、と満足そうにランサーは顎に手を当てると笑う。鋭い犬歯が覗いたが一向に剣呑な気配はしなかった。むしろ微笑ましい。
「よし、上はこれな?」
「さすがというか……君は早いな。決断が」
「何事もさっさと決めちまうのが楽だぜ。よし、次は……」
視線を上から下へ向ける。
「下もだな」
アーチャーは額に手を当てるとうなだれる。
「やはりか」
「やはりだ」
そしてずばりだ、と言うとランサーはずらりとウエスト順に並んだジーンズの棚を眺める。そしてアーチャーの腰に手を回すようにしてなにかを確かめると、ん、と小さくうなずいた。
「これだな」
深いブルーのスリムタイプジーンズ。アーチャーは少し驚いたような顔をして、わかるのかね、と問う。
「そりゃわかるさ。おまえのことだからな」
「メジャーは? 店員を呼ばなくてもいいのか?」
「いらねえよ。あ? なにか、そりゃおまえオレを信じてねえってことか?」
「あ……いや、そういうことではなく」
純粋に驚いて、とアーチャーは頬を掻いた。幼いしぐさ。あんまりそんなもんオレ以外に見せるな、と思いながらランサーはとりあえず手にしたものを立派な胸元に押しつけた。
「ま、いらねえと思うが一応試着してこい。おまえそうでもしねえと納得しねえだろ」
そのシャツと合わせてな、と言い、ランサーは嬉しげに笑った。
「それでしっくりきたらそのままそいつに着替えて街にでも出ようぜ。美味いジェラートでも奢ってやるよ」
「そうか? ……君は甘党だからな。顔に似合わず……どんなものを食べさせられるのか」
「なんだ? オレの味覚を信じてねえのか? おまえの飯を毎日美味い美味いっつって食ってる、確かに鍛えられた舌をよ」
「君はなんでも美味いと言って食べるではないか」
「おまえの飯だからだよ」
「―――――」
不意をつかれたようにアーチャーは目を見開いた。なにか言いたげに何度か口を開けて、閉めてと繰り返してから踵を返す。
「試着室はどちらだろうか」
ランサーはまばたきをする。
ぱちぱちと先程のアーチャーのように幼く繰り返してから、うやうやしく仕事中のように微笑んで目を閉じ、一礼をする。
「ご案内いたしましょうか? お客様」


白いカーテンの前で、ランサーは腕組みをして待っていた。楽しそうに口笛を吹く。お客様店内ではご遠慮ください、と言われなければ歌まで歌っていただろう。さっき配信された古いラブソングを。あまりにも今のランサーの心境にぴったりな歌だ。
新しい服を身にまとったアーチャーはどんな顔をするだろう。想像するだけで顔がにやける。静謐な黒いシルエットではなくて白と青の新鮮な清潔さ。そんな彼と並んで街を歩く、そしてあの甘いジェラートを食べる。
にやける。
だから、その呼び声に最初は気づかなかった。
「……サー……」
小さな声。
「ンサー……」
とても小さな。
「ランサー……!」
それは、必死な声だった。
ランサーはとっさに反応してカーテンを開け放ちそうになる。だがここは店内だ。中の実態が、羞恥の、いや、周知の事実になっては困る。こそこそと問う。
「どうした」
「いや……あの……だな」
「あ?」
「困ったことに……なった」
「は?」
「と、とにかく……入ってきてくれないか……!」
懸命な訴えに、ランサーは辺りを見回すと素早くカーテンを引く。体を滑りこませるのに充分なだけ。
「どうしたよ……」
言いかけて、唖然とした。
「あ、あの、だな」
アーチャーの顔は真っ赤だ。屈むような姿勢になっていて、必死に黒いシャツの裾を伸ばしあらわになりかけた太腿を隠そうとしている。履こうとしていたらしいジーンズは、途中で止まっていた。
「そ、その、あの、だな」
ぽかんと目と口を丸くしたランサーの目の前で、鏡の前で、本当に顔を真っ赤にしてアーチャーはあわあわとつぶやいている。ランサーを見ていいのか、目の前の事態に取りかかればいいのか、真実から目を逸らせばいいのか、どうなのか。
「実はその……臀部で……引っかかってしまって……だな……」
ああ。
そっか。
尻か。
そうか。
「悪いが……脱がせては、くれないだろうか……」
特に深い意味はなかったのだろうけど。
その言葉は、いやに扇情的にランサーの耳に響いた。悪いアーチャー。
いただきます。


結局それで、今でもアーチャーは着たきりすずめのままだ。
>love game. continue?



back.