光の御子というのは、伊達ではないのだなと思った。
重ねられた白い手は武器を握る者のそれであるというのにたおやかでさえある。伏せられた顔は真面目で紳士的と言ってもいいかもしれない。さらり、と流れた青い髪は艶めいていて、まるで流水のよう。
「――――」
くちづけてくる。手の甲に、指先に、そっと。普段の子供のような一面は消え失せて、大型犬と揶揄する面もまた見当たらない。
けれどこれも間違いなくランサーだ。それがわかっているから落ち着かない。
自分を半ば無理矢理に抱き寄せて、大声で笑って、はしゃいで。そんな彼が背筋に何かが走るほど真面目でいる。これは何という冗談、いや、夢……だろうか?
「ん、っ」
たとえば指を食んだりだとか。
そういった悪戯もしない。出てしまった声は、自分が勝手に反応してしまっただけ。
今のランサーは紳士的だ。疑う隙もないほど。
そっと扱われてぞっとしてしまうなんて、なんて悪癖だろう。
だとかアーチャーが自分を責めているなどとはきっと知らずに、ランサーは顔を伏せたまま、手のあちこちにくちづけては惑わせてくる。
(頼むからやめてくれ!)
とも言えずにただただ時が過ぎるのを待つしかない。これはランサーの気まぐれというやつなのだ。そうなのだ、そうに決まっている。
でなければあの“猛犬”の異名を持つ彼ではないではないか。
ああ。
体温が、気になる。
「アーチャー?」
いつもは熱い体温が今だけは優しく、それも何だかこそばゆい。そのせいで手に汗でもかいてしまったのか、くちづけた後でランサーがふと問いかけてきた。
「どうかしたのか? 具合でも?」
「い、や。何でも、ない」
意地っ張りの自分。まったくもってみっともない。
紳士的に扱われるなど願ってもない扱いなのに、どうしてだかむず痒くてじれったくてたまらなくなる。普段のように抱き寄せて笑ってはしゃいで。そんな風でいてほしいなどと。
思ってしまうのは、勝手なこと、だろうか?
「ランサー」
「ん?」
聞き返してくる様でさえ。
「その、だな。あの……君、何だか、その、」
その、の次が言えない。一歩先へと踏みだせない。何と言っていいのかわからないからだ。
“君、なんだかおかしくないか?”では失礼だし、“やめてくれないか”では直球過ぎるしある意味誤解を招く、かと言って無言でいるのも失礼だろう。でも。だが。しかし。
「その……」
結果、自分は押し黙ってしまう。ランサーはそれに首をかしげて。
「…………」
さらり、と流れる青い髪に目を奪われるが、ついに手を取られてどくんと心臓が鼓動を奏でた。
「何でも言っていいんだぜ。オレは、おまえのためなら何でもしてやりたい」
「、っ」
そんなの。
……そんなの、卑怯だ。
卑怯すぎる。結果自分は言葉を奪われてしまって成すがままだ。何でもしてやりたいという言葉をそっくりそのまま、ランサーに返してやりたい。そんな顔をされてそんな風に言われたらもうどうしようもないじゃないか。
やりたいようにやらせてやるしか。
「……君の、」
「うん?」
「すきな、ように、するといい」
――――〜ああっ。
顔が、熱い。
いつもの状態でも恥ずかしいのに今のシチュエーションでは二倍増しどころではなく恥ずかしい。
「オレがおまえのために何かしてやりたいのに?」
「のに、だ」
「何もしてほしいことは?」
「だからっ、君の好きなように……っ」
確固として言葉に出してしまうとああ、これは恥ずかしいなと脳が認識してしまう。みっともない、恥ずかしい。
「……それなら、アーチャー」
「……うん?」
ふとした声に顔を上げてみれば、真顔のランサーの顔が間近にあって。


「オレはおまえを大事に大事にしてやりてえ。おまえは自分で自分を愛せない難儀な奴だからな」
その分、オレが愛してやらないとならないだろ?
「…………」
この。
大たわけ、が!
ウインクひとつ決めて言ってのけたランサーに今度こそ敵わないと沈没する。頭から湯気が出ていることだろう。
「おいアーチャー。アーチャー?」
「うるさい……っ」
そんな投げつけるような返答に一瞬きょとんとランサーはすると。
ふ、と、ほころぶように笑って。
何度目か知れない手の甲へのくちづけを、落としたのだった。



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