洗濯物を抱え廊下を歩くふたりのエミヤシロウ。先に大きいのが、後に小さいのが。
小さい、などというと衛宮士郎は烈火のごとく怒りだしそうだ。お年頃。意外に身長のことは気にしているのである。牛乳飲めよ牛乳。
それはともかく、今日の衛宮士郎は機嫌がよかった。タオルがふかふかにいい匂いで完成したのだ。
柔軟剤の量か、干す時間か。どちらのおかげか定かではないが、とにかく絶品。
これはセイバーたち喜ぶぞ、とほくほく顔で廊下を歩いていたとき、
「―――――ッ!?」
どん、と。
広い背中に顔面からいった。
ぶつけた。特に鼻を。
目の前がちかちかする。一体なんだ、と瞠目して。
「おい、いきなり止まるなよ……」
アーチャー、という言葉は声にならなかった。代わりに口からするりと出たのは。
「ランサー」
青い髪をひとつに後ろでまとめた最速の英霊、ランサー。
衛宮邸に居候中の彼は今日もアロハにくわえ煙草で、チンピラくさいことこのうえなかった。
似合うけど、死ねるほど似合うけれど、はてさてこれはどうなんだろう。
そう思いつつ様子を見守っていると、ランサーはいつものごとくアーチャーにちょっかいを出し始めた。
にっこりと、端正な顔が笑み崩れる。
「よ。いま帰ったぜ、アーチャー」
「今日は早い上がりなのだな」
「入りも早かったからな」
「そうか。ならさっさと部屋に帰るがいい」
「……はあ? そりゃずいぶんじゃねえか?」
「疲れていると思っての配慮だよ」
わあ。
相変わらず皮肉っぽーい。
つい苦笑してしまう衛宮士郎。悪いなランサー、と内心でつぶやいてしまうのは、もしかしたらこの目の前の男が自分の未来のひとつの可能性であるかもしれないから。
己の不始末というか、なんというか―――――。
そんな気分なのだ。
「おまえさあ」
ご機嫌を損ねたのか、ランサーはがりがりと後頭部を掻く。煙草のフィルタをがじがじと噛んで、上目遣いにアーチャーを見つめた。
「もっとかわいいこと言えねえのか。“疲れているだろう、ご苦労様”とか、なんとかよ」
「ニュースでおかしな喫茶店の情報でも見すぎたのではないのかね?」
「ニュースなんて見ねえよ」
その返しはどうだろう。
見るなら釣り番組やバラエティだ、と胸を張るランサーに何故かハラハラする衛宮士郎。
案の定、アーチャーはふん、と鼻で笑うと。
「それはそれは」
わあ。
腹立つぞそれ。
しかしランサーは慣れているのか、片眉を跳ね上げるだけにとどめて腰に手を当て、アーチャーの顔を下から覗きこんだ。
そして、赤い瞳でねめつける。
「あのよ」
「なんだね」
「おまえ、“心は硝子”だなんて自称してる割にずいぶん神経が図太いんじゃねえのか?」
壊れ物なら壊れ物らしくしおらしくしてみせやがれ。
なんてにやにや笑って言いながら、ランサーはすとん、とアーチャーの胸を突いた。
人差し指で、ちょうど心臓の上を。
しん、と一瞬の間が開いた。
そうして。
「うお!?」
「わあ!?」
どさどさどさどさ―――――と勢いよく、アーチャーは抱えていた洗濯物を全て廊下にぶちまけた。
体全体が小さく、わなわなと震えている。
あ、これは怒ったな。
ランサー、南無。と親友譲りの手向けの言葉を述べて衛宮士郎はアーチャーの顔を見た。
「アーチャー、ここは家の中だからな。暴力沙汰は、」
勘弁してくれ。
そう、言おうとした士郎は固まる。
アーチャーは。
耳まで真っ赤で、なんというのだろうか、こう、痴漢にあった生娘のような。
180センチの大台を越した男に対する言葉ではないのだけれど、だけど、そんな顔で洗濯物を持ったままの形でわなわなと震える自分の手を見つめていた。
「アー……チャー?」
「おい、アーチャー」
おまえここはたわけー、とかなんとか言うところだろ、とランサーが手を伸ばして肩を叩こうとしたとたん、
「…………っ」
びくん。
過剰に、アーチャーは体を震わせて一歩、後ずさった。
それから。
「た……わけ」
消え入るような声でそう言って、逃げるようにまた一歩、後ずさり。
くるりと後ろを向いて、一気に廊下を駆けだした。
「おい、おま……っ、アーチャー! なんだその態度!」
慌ててランサーが追いかける。途中から概念武装をまとって逃げだしていたアーチャーを、同じく概念武装で追いかける。
本気出します、ということなのだろう。
「アーチャー! 待てこら!」
声が遠くなっていく。衛宮士郎はぼんやりと英霊たちが消えていった方向を見つめていた。おまえいまさら、だとか、なにこれくらいで、だとか不穏な言葉が聞こえた気がするが、気にしないことにした。
「……あーあ」
代わりに、ばらばらに散った洗濯物を見てため息をつく。
また、畳み直しだ。


壊れ物の取り扱いには気をつけましょう。
天地無用、割物注意。



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