おはようございます。
好きだよ。
愛している。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。
おまえなんて知らない。
こんにちは。
知ってる?
ねぇ、お願いだから。
蔑んで、憎んで、突き放して、嘲笑って。
抱き締めてほしい。
笑顔が見たい。
もっともっと声が聞きたい。
――――、…………、――――。
データを、整理、します。
あの人みたいに。
頭を撫でてくれる白い手が、好きだった。
もう撫でてはもらえないかな。
なぁ、好きだったんだ。
知っていた?
自分でさえ知らなかったこと、君は知っていた?
……ああ、もう、うるさい!
ぞっとするから、そっとなんて触らないで。
馬鹿らしい。
平気で踏み荒らしてくる相手に、縮こまって怯えていただけなんて。
やり返せばよかったんだ。
やられたらやり返せばよかった。


「あ――――れ?」
それってこういうことだっけ?


データの整理が終わりました。
一部、データが破損しました。
復旧は見込めません。
大変ご迷惑をおかけしました。


温かい。熱い。真っ赤に濡れたてのひら。ぺた、と頬に触れてみる。ぬるっとする。
不思議に思いながら何度も繰り返した後、ぺろ、と舌で舐めてみた。
仄かに。
甘、かった。
からんからんからん、と手から落とした双剣が足元で回っている。
白と黒の刃先は真っ赤。
ごうごう耳元で風が鳴る。うるさい。うるさい。
――――ああ、現実がうるさい。


嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ、こんなの嫌だよ。
来てほしい、助けてほしい、救ってほしい、掬ってほしい。
こんな状態から掬い出して、だっていうのにどうして君は。
どうして、おまえは、こんなところで。


オレの足元なんかで、腹からだくだく血を流して力なく転がってるんだ。


たすけて。
いいかげんに。
おれはもうぎりぎりなんだ。
たえきれない、たえられない、わすれてしまおう。
すぐさまいますぐりせっとしてすくいようのないたえられない「げんじつ」からいっきにとうひしてなかったことに、


自分が。
オレが、私が、ランサーを。
手に、かけたと。
いう現実から、どうにかして抜け出したかった。


このシステムの使用者権限により、もう一度データの整理を開始します。
タイプ、「光の御子」「アルスターの英雄」「クランの猛犬」英霊クラスランサー、真名クー・フーリン。
彼のログをデータから根こそぎ削除するものと決定。データ整理開始。
なお、この行為にはシステムに過度の負担がかかります。
また、データ整理中は全くの無防備になるため、辺りに敵影などが無いかご確認ください。
よろしいですね?
それではデータの整理を開始します。


……ああ。
はや、く。
ようやく訪れようとしている安楽に、安堵のため息を吐いた時だった。
「!」
足首を掴まれる。ざりり、とシステムが起動し始める、それを遠ざけながら視点を下に、そうすれば。
そこには、口端を血で汚しつつもこちらを睨み付けている、彼が。


間に合わ、な、


「逃げるな」
彼がつぶやく。ぎぎっ。システムが、歯車が、おかしな音を立てて緊急停止する。彼はようようやっとといった風で身を起こした。腹には風穴。なのに彼は立つ。立ち上がる。今度は手首を掴まれた。地面に押し倒される。血で凝り固まった唇が近付いてきて。熱い。


とろけてしまう、と思った瞬間、全てが一面の蒼に呑まれた。



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