焼け焦げた。
十年前に、何もかも。
それでも生きている。義父の願いを背負って。なのに、奴はそれを贋物だと言う。そして、自分のことでさえ。
“フェイカー”などと蔑称されても逆らわない。
それが、無性に頭に来る。


だって奴は俺の。
……俺の。


「どけ」
「嫌だ」
「――――鬱陶しい」
「なら、殺せばいい」
「生憎と凛に節制されているのでね」
「怖いんだろ?」
「……は?」
凛がか、と鼻で笑う目の前の男にそうじゃないだろ、と返す。皮肉屋。リアリスト。けれど怖がり屋。
馬鹿みたいだ。俺も、目の前の男も。
エミヤシロウは本当に馬鹿な男なんだろう。
でもあんな地獄で灰にならなくてよかった。生きていてよかった。願いを得てよかった。苦しかった、それでも。見つけてもらえてよかった。あの時の笑顔は、きっとずっと忘れられないだろう。
だっていうのに目の前の男は俺を灰にしようとする。自分でさえ灰にしようとする。それが幸福だと願っている。
馬鹿みたいだ。
燃え尽きるのが幸福だなんて、俺は認めない。
生きるのが幸福なんだ。そりゃあ苦痛だってあるだろう。俺は知らない。芯までを知らない。だから目の前の男だっていらつくんだろう。
だけど俺は理想を捨てない。抱えたまま走る。その果てに何が待っていたって、足を止めない。
「……冷たい」
「熱い。……鬱陶しい、離せ」
「嫌だ」
頬に触れた指先は、あからさまに冷たさを伝えてきた。死人の温度。
灰はきっとこんな感じなんだろうか。もしかしたら熱いんだろうか。
「――――ッ」
そのまま指先を滑らせて手を握る。やっぱり冷たい。でも、灰じゃない。灰はこんなにしっかりと骨格を保ってない。
「こ、の……!」
抱き締めれば上擦った声。体格が全然違うからやり難かったけど、それでも抱き締めた。
逃がすもんか。
捕まえた。
力が入り過ぎそうになるけど、相手は灰だから。
あんまりぎゅっと抱き締めすぎたら崩れて落ちていってしまうから。だからゆっくり。やわやわと。静かに。背筋を撫でれば引き攣る声が聞こえる。
何だか。
おかしくなって、ふふ、と笑った。
「なに、がっ、」
おかしい、と切羽詰った言葉。
「一緒だ」
「は?」
「俺も灰だから」
「何を、」
「だから、暴力は奮わないでくれよ」
くつくつと喉の奥で笑う。
俺は焼け焦げたばかりの灰。
目の前の男は焼け焦げて果ててしまった灰。
違うのは温度と、崩れやすさ。
俺は熱くて、まだ形を保っていられる。
男は冷たくて、とてもとても崩れやすい。
同じだけど、違う灰。
ああ、もうとっくに。
俺は、灰になっていたんだ。
たった一発頬に平手打ちを喰らったくらいでも、そこからぐしゃりと崩れていってしまう。
だけど、男は。
それよりも脆くて。
ほんのすこし指先が掠っただけでざあっ、と崩れていってしまう。
風が吹かないことを願う。
風なんてものに吹かれたら、俺たちはきっと一網打尽だ。
俺は崩れたくないし。……目の前の、男も崩れさせたくない。
「アーチャー」
名前を呼べば、うるさい、とそっけない返事が返ってきた。



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