「…………まったく」
これが光の御子、クランの猛犬かね、とアーチャーは日の当たる部屋でひとりごちた。昼食の時間をすぎてしばらく、太陽はさんさんとあたたかな光を降り注がせている。セイバーや士郎たちは昼食を終えて、あとは彼だけ―――――
『アーチャー、あんた呼んできなさい。どうせ部屋で寝てるんだろうから』
マスターのご命令だ。まったくもって的確な人選と予想だと言えるだろう。アーチャーは無言で汚れた皿をまとめていた手を止めると、エプロンを外しかけて止めて、布巾を士郎に押しつけた。なんでさ、という決まり文句もなく士郎はそれを受け取りやれやれとため息をつく。
『おまえも大変だよな……』
『言うな』
貴様にだけは言われたくない。
そう答えて、アーチャーは居間をあとにした。
エプロンのままで。
「……ランサー。ランサー、昼食だ。起きろ、片づかないだろう。ランサー」
名前を呼ぶが返事はない。英雄クー・フーリンは枕を抱いて、気持ち良さそうに眠っている。傍らには釣り竿とバケツ。どうやら朝釣りから帰ってきてそのままバタンキュウ、というコースらしい。
気楽な。
朝から掃除・洗濯・朝食の支度・買い物と休みなく働いてきた(いや、むしろ趣味からの行動か)アーチャーは内心でつぶやいた。
だがしかし、それでも怒る気にはなれないのはあれか。
「惚れた弱味というものだろうか」
真顔でつぶやく。
ちょうどそのとき、ランサーが目を開けた。
「…………」
まだねぼけまなこで上半身だけを上げ、ぼうっとアーチャーを見ている。
「……うっす」
「……どうも」
「今何時だ?」
「一時半だが」
「……あーあ」
随分寝ちまったな、と言いつつあくびをして、伸びをする。やっと起きて昼食をとってくれるか、とアーチャーは苦笑した。
ほら、と言いながら足を一歩進めてごく自然にランサーの腕に自分のそれを絡めようとする。そのまま抱え起こそうという気なのだ。
大柄なランサーではあるがアーチャーの方が身長、体重ともに勝っているし、やってやれないことはない。
と。
「……あ。やっぱダメだ」
くたくたとランサーは布団の上に崩れ落ちてしまって、つられアーチャーも崩れ落ちてしまう。「な」だとか「あ」だとか言葉を上げる暇もない。ランサーの上に覆いかぶさるように転がって、呆然とする。
熱い、というよりは温かい、ランサーの体温が密着した体から直に伝わってくる。
「……ランサー」
顔は真顔で内心は大混乱。
アーチャーは少しでも体を浮かせようとするが、ランサーは腕を強く回して抱きついてきて、離さない。まるで抱き枕だ。
「ランサー」
「……んー」
「んー、ではなくて。昼だ。起きろ」
「……んー」
「こら。起きないか。そして腕を離、せ!?」
さすが筋力B。
ランサーはさらに腕に力をこめて抱きついてくる。Dであるアーチャーには手がつけられない。ええいBだのDだのと胸のサイズではあるまいし、といい感じにアーチャーは混乱を極めてきた。
というか痛い。苦しい。寝ている子供が無意識にタオルやなにかを握りしめて寝ていたりするが、あれだ。ちょうどあんな感じでアーチャーはぎゅうぎゅうとランサーに締めつけられていた。
落とされる。
「ラ、ランサー……っ、落ちつけ、ちょっ、は、あっ、痛、馬鹿者、たわけ……!」
変な声が出た。
誰かに聞かれたら誤解されそうだったが、アーチャーも必死だった。ばたばたと暴れるがランサーが起きる気配はない。
こうなったら殴ってでも起こすか……と物騒な計画を立て始めた時だ。
「んー」
「!?」
突然背筋に走った怖気に、アーチャーは声なき声を上げる。見るとそこには首筋に鼻先を埋めたランサーの姿。
鼻を鳴らしてふんふんと匂いを嗅いでいる姿はまったく、犬でしかない。
「……ランサー」
「へへ」
呆れたように半眼になったアーチャーに、ねぼけまなこを薄く開いてランサーは笑う。
「相変わらず美味そうな匂いするよな、おまえ」
そしていっそう強くアーチャーを抱き寄せる。
失せた。
そのいとけない抱擁に、あっけなくアーチャーの抵抗は霧散してしまった。これが男の欲望全開だとか、そういったものだったら少しは違っていたのだろう。だけれど、これでは。
無理、というものだ。
アーチャーは諦めると、ランサーの胸板に頬を預けてため息をつく。ひなたの匂いがする。
そうして、ほどなく意識は途切れてしまった。


「それで? こんな時間までお昼寝してたっていうの? わたしに負けずとことん優雅よね……あんたたち」
「…………」
返す言葉もありませんでした。



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