「不器用」
夕飯の洗い物を終え、居間で茶をすすっていた士郎は突然の評価に目を丸くしてみせた。なにさ遠坂?本当に不思議そうにそう、問う。
「不器用だって言ったの。士郎って時たま見てられないくらい真っ直ぐよね。知ってたけど」
言って凛は、林檎をしゃくり。士郎は訳がわからず首を傾げる。
「見てて痛いわ。こっちは直接関係ないのに」
「痛いって……なんだよ、その言い方」
「真っ直ぐすぎて痛いの。不器用で、真っ直ぐで、だから痛くて見てられない。ねえ知ってる? アーチャーってね、そういうタイプが一番苦手なのよ」
ねえ知ってる?
凛はまた林檎をしゃくり。士郎は眉間に皺を寄せた。まるで、アーチャーがそうするときのように。
「知らない。俺はあいつのことなんてそんなに知らない。遠坂みたいにあいつのことなんでも知ってるわけじゃないんだからな」
「言うと思ってた。そういうところがもう不器用だって言ってるのよ、駄目ね。あのね士郎、」
士郎は立ち上がった。凛の言葉を最後まで聞かず。
凛は不意を突かれたように口を噤んでしまう。
「……悪い遠坂。俺、用事があるから」
「ちょっと、士郎――――」
それは嘘だ。けれど士郎はこのまま凛と話し続けることを選ばなかった。もう!居間を後にする士郎の背後から、せめてもというように凛の声が聞こえてきた。
「まったく! そういうところ、よく似てるわよ、あんたたち」


似ている。 そう言われても自分たちは同一人物だ。自分はあの英霊エミヤには成り得ないということだが、それでも彼の元はかつての自分である。平行次元の自分。そんないつかの自分には会えないと思っていたのだが、こうして今、顔をつき合わせては何やら不穏な会話ばかりしている。考えれば現実なんてつまらないものなのかもしれない。奇跡的なことがこうして簡単に起こり得る。
士郎はつかつかと歩いている自分が一体どこに向かっているのだろう、とはてと思い至った。歩んでいく自分の足の先、その先を見るとそこは庭へと出ていて、月明かりに照らされた建物がずん、と佇んでいた。
そこは土蔵だった。
そして。
「――――」
ふわり、と赤い聖骸布が舞い上がり、白い髪がなびく。
振り返った男は一瞬だけ鋼色の瞳を見開いて、それからすぐにそれを収めた。
「……衛宮士郎か」
「アーチャー」
名前を呼べば、心底嫌そうな顔をする。ねえ知ってる?アーチャーってね、そういうタイプが一番苦手なのよ――――。
そんなの奴の勝手だ。知るもんか。
「何してたんだ、こんなところで」
「貴様に言う必要などない」
予想はしていた言葉だけれど、いざ口にされてみると案外イラッと来るものだ。そして知りたくなる。
何故。どうして。
こんな夜中に土蔵の前にいて、何かを探すようにそこを眺めていたのかと。
そこで、はっと思い至る。
「……セイバー」
目の前の赤い肩がぴくりと揺れる。それで確信した。
「セイバーのこと、思い出してたのか」
今はここにいない、彼女のこと。自室で、または道場で何かしているであろう彼女のこと。
エミヤシロウにとって、大事な大事な彼女のこと――――。
アーチャーは頑として口を開かない。けれどそれが肯定の理由となってしまっていることに本人は気付いていなかったのだろうか?
「おまえ、そんなにセイバーが大事か」
ぽつり、と言葉が漏れていた。
鋼色の瞳が先程より大きく見開かれる。
「セイバーが大事かって、俺は聞いたんだ」
「……貴様に言う必要などない」
「それはさっき聞いた」
「貴様に言うことなど何もないのだから、答えることなどこうして繰り返すしかないのだよ」
「…………」
ちっ、と舌打ちをしていた。そんな自分に驚く。
「馬鹿野郎」
小さくつぶやいて、一歩前に踏み出して。
せいいっぱいめいいっぱい背伸びをして、目の前の胸ぐらを掴んで、驚いた顔を見て。
それに多少胸のすくような思いをしながら、くちづけていた。
「…………ッ!」
触れあいはほんのわずか。
突き飛ばされて地面に転がって、したたかに体を打つ。
唇を拭っているのを見て、何となく傷ついた。
けれどそれ以上に、心は充実していて。
「……ばーか」
子供じみたからかいまがいの言葉を、アーチャーに向けて発していた。
「……馬鹿は貴様だろう! 気でも狂ったか!」
「ああ、こんな月の夜だから……仕方ないさ」
「……心底馬鹿げたことを……!」
吐き捨てて、アーチャーは土蔵の屋根に飛び上がる。そうするともう一度飛び上がって、今度は霊体化して消えてしまった。
まるで煙のように、跡形もなく。
「……あ」
それを残念に思いながら。
士郎は、自分の唇が吊り上がっているのを感じていた。そして。


「……本当だ。俺たちって、信じられないくらい真っ直ぐで不器用だ」
遠坂の言う通りだな、などと呑気なことを唇を濡らし、つぶやいたのだった。



back.