自分に価値がないと思っている相手を見たらどうしますか?

「―――――殴ってやる。そんで、大声で言ってやるよ。自惚れんじゃねえって。価値だ? そんなもん、はなからこっちは求めちゃいねえよ。ただ、オレにはあいつがいればいいんだ。ああするだとかこうするだとか余計なことは考えさせねえ。オレがあいつのことだけ考えてるように、あいつにもオレのことだけ考えられなくなるようにしてやる。そうすりゃ、おかしなこた考えなくなるだろ」

「そうね。とりあえず、一発ぶっ飛ばしとくかしら。優雅じゃない? いいのよ、言ったってわからない相手には実力行使しなくちゃ。わたし確かに最初は言ったわよ。あんたじゃなくて他の相手がよかったって。だけど、そのあと言ったじゃない。わたしにはあんただけだって。それをわかってて言うんだから、顔に青あざ作るくらい当然でしょ。わたしのものだもの。どうしたって、いいじゃない」

「……否定してやる。俺は、あいつのこと、好きなんかじゃ、ないけど。あいつみたいになるつもりもないしあいつの考えも、認められないけど。それでも、あいつは俺の理想のかたちのひとつだ。それが、価値がないだとかそんなことを言うなら、否定するしかないじゃないか。なんか俺たち否定しあってばっかりだけど……それでもさ。それでも、俺は譲れない。そんなこと、絶対、言わせない」

「なにを言っているのですか、彼は! まったく情けないことこの上ありません、そんなことを考えているとは思いませんでした、ええ。わたしにとっては、限りなく大切なひとだというのに。何故そのようなことを考えるのでしょうか? 忘れてしまったのでしょうか……そうなのでしょうね。ならば思いださせるまでです。少々痛い目を見るかもしれませんが仕方ないでしょう。昔から、そうでしたから」

「そうか。ならば、我が殺してやろう。そもそも地を這い回る雑種よ、それがさらに己を貶めるような愚行に走るのならば、綺麗に消し去ってやるのが王としての情けというものではないのか? 雑種に価値がないなど当然のことだが、己で決め付けみっともなく嘆くなど気に入らん。不快だ。大体が我以外の存在が何かを判断しようなど愚の骨頂であろう。身の程を知れというものだ。我が、今際の際に知らしめてやる」

「ばかね。どうしてそんなこと考えるのかしら。ほんと、体ばっかり大きくて、頭の中は子供なんだから。もうひとりのあの子はちゃんと“おにいちゃん”をやってるっていうのにあの子はどうしてそうなの? だからわたしも間違えたり、したんだわ。……いやね。あの子のせいにしてるんじゃないわ。大好きよ。ただちょっと、呆れてるだけ。そうね、甘やかして、それから怒ってあげる! うんとね!」

「ふうん? 別にいいんじゃねえの? オレが見る限り、なんかワケありーって感じだし。ていうかオレ、そういう歪んでる奴大っ好き! ひゃはは、いいじゃねえの! 似てる似てる、オレのマスターとおんなじ! 案外付き合わせてみたら上手く行くんじゃないですかねー? ……ああダメ! それダメ! それオレがさみしい! オレも仲間に入れてよー。一緒に殺そうよー。手伝うぜ? “自分殺し”!」

「だ、だめですっ! ……えっと、だめです、だめなんです、とにかくだめなんです! そんなこと言っちゃいけないんです! わたし、教えてもらいました。先輩や姉さんやいろんな人に。前はわたしも、自分のことをそう思ってました。だけど、いろんな人たちが教えてくれて気づいたんです。そんなこと思ったらだめなんだって。……だから今度はわたしが教えてあげようと思います。はい」

「そんなことを言ってるのかい? 参ったな、僕はそんなつもりはなかったんだけどちょっと育て方を間違えちゃったみたいだ。はは、僕も駄目な大人だからね。……うん。駄目な、親だったよ。だけどなあ。それは許せないかなあ。なんてったって僕はあの子の父親だ。血が繋がってなくてもね。僕は本当に駄目な父親だけど、息子までそうなっちゃうなんてもっと駄目だ。うん。少し、懲らしめてやろう」

「うん? なんで? あの人はすごい人だよ? ご飯を作るのも上手いし、なんでも出来るし、わたしなんかよりよっぽど大人なんだから、あはは。あれ? えっと、あの人、本当はいくつなのかな? 見た目はわたしより大人に見えるけど……なんか、年下に思えちゃうんだよねえ。おかしいなあ。弟っぽいっていうか。そんなこと言ったら怒られちゃうかな? うーん、でもやっぱりそう見えるのよう」

あなたは、彼のことを?

「どうかねえ。そこまでは言うことじゃねえと思うがな。言わぬが花っていうか、え、間違ってんのかこれ。まあいいか。そんな感じだ。口に出してどうこう言ってる内は、どうしたって駄目だってことだよ」
「しあわせにしてやりたいと思ってるわよ。そう、約束したんだもの。……ああ違うわ。訂正。“思ってる”んじゃない。“そうしてやる”の。そうしてやらなくちゃ気が済まないんだから、あのばか。え? 優雅じゃない? それはもういいじゃない―――――」
「俺にもよくわからない。だけど、わかってることがひとつだけある。絶対どうやったって負けられない。あいつが俺の理想だっていうなら。それだけだ」
「わたしの大切なひとです。他に言うことはありません」
「面白くもつまらぬ男だ。所詮は贋作と言うべきか。戯れにするならいいのだろうな。本気に? 笑わせる。貴様、死んでみるか? だが、あのみっともなくあがく様は我の心を震わせる。踏み付けにして、苦渋に歪むその顔を我の財に加えてやってもよいぞ」
「好きよ。かわいい弟だと思ってる。だけど困った子だとも思うわ。だからいじめちゃうときもあるの。でも、許してくれてもいいんじゃないかしら。だって、昔から“おねえちゃん”は弟をいじめちゃうものだもの」
「メチャクチャにしてえなあ。あーあ、メチャクチャにしてえなあー。え、なんで二度言ったのって、大切なコトだからですよアナタ。こう、殺してえ。なんつーか殺してえ。あ、これも大事なことだから。具合良さそうだなー。いーんだろうなー。……あーあ、お預けとか超酷なんですけど」
「……遠くて、近いひとです。少し怖いなって、思ってた時もありました。だけど本当はそんなことなんて全然なくて、本当はすごく……あ、えっと、そういう話じゃありませんでしたよね。ええと……だけど、ええと……ごめんなさい、上手く説明できません……」
「大事な僕の息子だよ。自慢の息子だと思ってる」
「不思議な人よねー。だけどほっとけないのよう、なんでなんで? はっ、これって母性本能!? わたしにもついに目覚めが!? もう士郎に“まったく藤ねえはいつまでたっても……”だとか言わせないんだから! ……ん? 話ずれてる? きゃーごめんなさーい」

最後にひとことずつどうぞ。

「あいつは心底馬鹿な奴で」「人に教えられないとしあわせになれないような」「もうひとりの俺だけど決定的に違う」「困った人です」「笑うことも上手く出来ん」「だけどその眉間の皺が、かわいいの」「簡単に中に入れさせてくれねえくせに」「一度許してくれると、すごく」「懐いてくれる、可愛い子なんだ」「もちろんめったにそんなことないんだけどね、へへ」

要塞のようでなのに砂の城、すっくと立っているくせに基本的には地を這いずり回っている、大人で子供、澄ましているのに癇癪持ち、よく喋るというのに本当のことは話さない、皮肉屋なのに素直、頼りがいがあるのに放っておけない、殺したがり屋の殺されたがり屋、憧れて軽蔑している、焦がれて蔑んでいる、貞淑で淫乱(ここは検閲)!
十人中十人が全員一致で“厄介な存在”と認めました。

―――――今回はありがとうございました。次回は彼の意見を交えてまたお話をうかがいたいと思います。



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