体がのたうつ。
舌打ちをして、いい加減にしろと背後の男を振り返った。眼力に相当力をこめたつもりだったのに男はまるで動じない。ゆるゆると手を動かし先刻からずっとアーチャーに触れて、否、いたぶっている。顔は生真面目そうなのがやたらと腹立たしい。
いつものようにがつがつやれとは言わないが、これは―――――。
「ラン、サ、」
「ん?」
「しつこい……!」
そう。しつこい。ねちっこい。服だって中途半端に半脱ぎにされたまま、ベッドの上にうつぶせにされて。もうかれこれ一時間はすぎた。長い。長すぎる。一体いつまで時間をかけるつもりなのかと問いたい。問いただしたい、というか、もう、逃げたい。
後ろからで、正面から顔を合わせていないのがまだ幸いだったと言えるだろう。ずっと顔を合わせたままこんなふうに触られていたら、とっくに殴り倒して逃げていた。
それは。アーチャーだって、男を。ランサーを好いている。だから体を合わせたいと言われれば十度に八度は了承したし、断るときすら誠意を見せた。なのに、この仕打ちはどういうことか。再度舌打ちをすると、行儀が悪いとたしなめられて。耳まで。
「うわ。真っ赤だぞおまえ」
「誰のせいだと思っている! それにっ、な、貴様の体は、熱いのだ!」
吠える。言えば、それはおまえもだろうと言われるのを承知でだ。さんざん触られて焦らされて高められてこのありさまとは、もう恥も外聞もかまわず泣きたくなった。泣きたくなった、が、もうすでに目は潤んでいて、視界も滲む。情けないと唇を噛んで、さらに視界が濡れた。
「おい」
「…………」
「おい」
「…………」
「噛むならオレの指にしとけ」
差しだされた長く白い指。出来ることなら思いきり噛みついてやりたかったが、先に思考が噛みつきたがる。
「うるさいたわけ! そんな、さんざん自分の体に触れた指を口に入れられるか!」
「なんだ。意外と潔癖症か?」
「そういう問題とは違うわ!」
背中が痛い。うつぶせたままの変な体勢を維持しているせいだ。ランサーはじっとアーチャーを見つめてくる。ふと、首をかしげた。
子供のように。
「カリカリすんなよ、ムードが出ねえ」
ムードだとか。
言うか。
このたわけは。
もう堪忍袋の緒が切れた、もういい、怒鳴りつけて蹴り上げて終わりだ、と声を張ろうとしたとたんランサーが言った。生真面目な顔のままで。
「オレよ」
静かな声で言うので、思わず勢いが削がれる。手を止めてアーチャーを見つめたままで、ランサーは淡々と告げる。
「いつもおまえを抱くとき、がっついてるだろ? うれしいんだよ。おまえを抱けるのが。だからついがっついちまう。けど、最近そいつはよくねえと思ったんだ」
「……何故」
「勢いで抱くのは相手に失礼だ」
きっぱりと。
真剣な表情で言われて、アーチャーは目を見張った。その拍子に涙がひとすじ頬を伝い落ちる。悲しいわけではない生理的な涙だ、だがランサーはそれを見て眉を寄せた。そんな顔は見たことがなかったので、アーチャーは何度もまばたきをした。そのたびに涙が頬を伝い落ちて、まるでぼろぼろと泣き崩れたかのようになる。
そのまま起き上がるアーチャーを、ランサーは止めなかった。
「大事にしてやりてえ、と思った」
「他人事のように……」
「ああ。いまでもどっかオレじゃねえオレが考えてるみてえだと思う」
でも、オレの出した答えだ。
ランサーはアーチャーの手を取る。そしてそっと甲にくちづけた。汗ばんだその手の指をぬるりと舐めて、爪を軽く噛んで、吸って。
感じるというよりはどこかくすぐったくてアーチャーは片目をすがめる。時間をかけて高められた体は容易に反応するはずなのに、その愛撫が何故だか幼かったせいだろうか。舌はゆるゆるといやらしく指先をなぶるのに、どこかその動きはいとけない。
「いやか?」
「え?」
「おまえ、勢いで食われてえか?」
「なっ」
これ以上顔は赤くならないだろうから、声を詰まらせた。ランサーは笑うと、手の甲に音を立ててくちづけた。
「やさしくしてやるよ、アーチャー。オレ流のやさしさは気に召さねえようだったからおまえの好きなように、な?」
「―――――……ッ」
好きなように、と言われても。
そう簡単にぽんぽんと願望を言えるアーチャーではないから、自然こんな言葉が口から出てしまう。
「き、君の好きなようにすると、いい」
「あ?」
「私には―――――その、やさしさ、だとか。そういう感情の機微はよくわからない。だから、君が、君のやりかた…………で、好きなように……してくれればいい……と、思う」
出てしまうから。
ランサーは、少し黙って。見つめて。それから、笑って。
「そうか」
いつのまにか向かい合った体勢のまま、頭を撫でられていた。ベッドの上に正座。だなんておかしな状況のまま近づいてくるランサーのくちづけを受けて、ん、と小さな声を上げる。淡いくちづけに正直アーチャーはほっとした。このまま激しいくちづけを受けていたら、自分がどうなるかわからない。さんざん触られて焦らされて高められて、たわいもない接触だけで体がおかしな反応を返すのだ。
常のように唇を、舌を奪い奪われ、あふれた唾液を交換し合うなんてものを交わしたら、どうなってしまうのか。
想像するだにおそろしい。
それでも、淡いくちづけだけでも刺激になってアーチャーはランサーへと強請る。
「ラン、サー……」
「ん?」
「そろそろ、限界、なんだ……」
だから、と羞恥にどもりながらも声に出して願えば、ランサーは赤い瞳でじっとアーチャーを見つめた。そして笑う。うれしそうに。
「よし、わかった」
ああ。
これで、解放される。
いくらやさしさを与えたいと言っていても、ランサーとて男だ。それにアーチャーを抱きなれている。快楽になじんだ体はすぐに、悦と手と手をとって先にある頂点へ駆け上っていくだろう。終わってしまえば、終わってしまえばこんな恥ずかしいことも……。
よし、と額に下りた白い髪をかき上げてランサーはアーチャーをあおむけにベッドに横たえる。そのとき癖で、髪留めを外してしまう。
青く澄んだ色の髪がばさりと広がった。
「アーチャー……なにかあったら、言えよ」
うなずくばかりのアーチャーの首筋に、ランサーは顔を埋めていった。


それで。
―――――なんで、こんなことになっているんだろう。
「……!」
足を開かされて、中でうごめく他人の指。形がわかるほど慣れた、つまりそれほどの時間をかけてランサーはアーチャーの内部を探っていた。抵抗は、した。けれど「やさしくしてやりてえんだ」と真面目な顔で言われてしまっては返す皮肉もない。「痛みがないように」「慣らしておかないと」とはランサーの言。
だけれど……けれど、こんなにも時間をかけてすることだろうか!?
始まる前、「せめて後ろから」とアーチャーは強請ったが、それだけは拒否された。おまえは我慢するからと。
顔を見て、反応を見ていないと心配だからと。そう言われてしまっては無下に断ることもできなくて。
だが、最初にアーチャーは自ら気づいていなかったか。
―――――正面から顔を合わせていないのがまだ幸いだったと―――――
赤い瞳に、じっと見下ろされて。熱い体温を間近に。基本は無言だけれど、ときどき、どうだ、だの、辛くねえか、だの聞かれて、一体どう答えろと?
結果、震えて身を縮めるしかないアーチャーを心配して、ランサーは慣らしをつづける。まだ足りないのかと。
敏感になった体にそれはひどく辛くて、息は荒くなるし目に涙も浮かぶ。ランサーはそれを見てきついのかと思い、ああ、堂々巡りだ。
ひとこと「もういいから」とアーチャーが言えればいいのだったが、もう息も絶え絶えでまともな言葉など紡げそうにない。は、と息をつくだけで涎が口元を伝ってシーツにしみこむ。肌から雫が離れていって、布にしみこむまでの刺激ですらいまのアーチャーには責めになる。
長い、指が。
ずるりと奥に入ってきて、耐えられずに悲鳴が漏れた。
「や……っ」
すると、額に汗を浮かばせたランサーが素早く反応して顔を覗きこんでくる。無論、指は入れたまま。
「どうした? 痛かったか?」
「…………」
ふるふると首を振る。違う。そうではなくて。
「……しぃ」
「ん?」
「ほし、い……」
舌を懸命に操って、必死に言葉を紡ぐ。いまだ中に入ったままの指がアーチャーを圧迫してきたが、耐えて、なんとか口を回らせる。
腕を掴んで荒い息を吐き、こぼれだす涙と格闘しながら、
「きみが、ほしいんだ……」
ようやっと。そう、告げた。
これで楽になれると思った。
そのときは。


「―――――大丈夫か?」
答えることも出来ずにこくこくと首を縦に振る。ぬるついた先端だけを軽く含まされ、あとは擦りつけられている。なにも特殊な行為をしているわけではなくて、無理をさせられないというランサーの発言からこうなっているだけだ。
経験上、それは慣らしてあったほうがいい。いきなり突き入れずに少しずつのほうが楽だ。
けれど、こんなに時間をかけて慣らしておいて、入りこむのも緩慢で、様子を逐一窺いながら、他の部分にまでその存在と熱を与えられながらだなんて、感じ入った体には苦痛でしかないというのに!
もうやめてほしい。やさしくだなんてそんな真似はいますぐやめて、いつものように、いやいつもよりひどく、荒々しくいますぐ入ってきてほしい。そしてめちゃくちゃにして、意識を失うほど犯してくれないかと懇願できたら。
でもそんなことは出来ない。とてもじゃないけれど出来ない。
熱の一部を含まされて、期待に震えているのか恐怖に震えているのかわからない、いまでは。
「ん、―――――ッ! は、あ」
半分ほどがずるり、と一気に入ってきたとき、衝撃に体が軋んだ。いつもよりゆっくりと、そんな気はないのだろうけれど、まるで思い知らされるように入りこんできたその熱は大きくて、異質で、普段抱き合っているアーチャーでさえ、こんなものは知らないと思わせるほどのもので。
ぼろりと涙が見開いた目からこぼれおちた。
ランサーはそれを見てぎょっとした顔をすると、一度は押しこんだ腰を引き始める。
「きつかったか? すまねえ……」
限界だった。
頭の中が真っ白になって、気づけばアーチャーは大声で泣き喚いていた。


「もう……駄目だ、我慢出来ない……! もっと奥まで、奥まで君の…………ッ、が、ほしい……ほしいんだ…………!」


喉が鳴る。ランサーの顔さえよく見えないが、驚いているようだ。だからいたたまれなくなって両腕で顔を隠してしまう。それでも口は止まらない。一度言ってしまえば止まれるわけがなかったのだ。


「はやく私の中に来てくれ、中に……―――――ほしいんだ、君の熱がほしい、めちゃくちゃにしてほしい、もういやだ、こんな焦らされるのはもういやだ、はやく、はやく来てくれランサー…………っ!」


それからは、めくるめくような速さだった。あ、と思う間もなく満たされて軽く登りつめたあと、無理だというところまで貫かれ、揺さぶられ、どろどろになってしまった体の支えはランサーの熱だった。
嬌声というよりはもう本当にほとんど泣き喚きながら、アーチャーはランサーに懸命にしがみついていた。最奥でもっとも熱い精が放たれて、悲鳴と共に意識が飛んでしまうまで、ずっと。


いいことでも悪いことでもランサーの好きにさせてはいけない。
その教訓を胸に、アーチャーは数週間ランサーを避けつづけた。恥ずかしくてとても顔を見られなかったし、肌を合わせようなんて言われたらなにをしてしまうか、自分でもわからなかったから。



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