エプロンをつけて、運んできたのは大きなかぼちゃ。よろけた体を、ランサーが背後から支えてくれた。
「一体なんだ?」
「Jack-o'-Lantern」
「ああ、でもカボチャ?」
カブじゃねえのかと首をかしげるランサーに、こちらも首をかしげる。カブ?と問えばカブ、とうなずく。青い髪がさらさらと流れた。
そういえば昔のアイルランドではカブや他の植物を使って提灯を作ったそうだ。そのせいか。
「カブというと漬け物を連想してしまうな」
ぼそりとつぶやけば、耳ざとく聞きつけて尻尾を振られる。ほかほかの白米にかぶの昆布漬け、を連想したらしい。微苦笑して、それはまた後日なと返す。それよりも今はかぼちゃとの格闘だ。腕をまくってエプロンを正す。さて、と気合いを入れて包丁を握った。
「それ、どうすんだ」
「まずはここを切開して……」
「……切開」
メス、汗、鉗子。
―――――ちょっと嫌な空気が流れた。言い直す。
「……底を切り抜いて、中味をスプーンでくり抜く」
「全部?」
「全部だ」
「大変じゃねえの?」
「まあ、力仕事だな」
ふうん、と言うとランサーは頭の後ろで腕を組んだ。包丁を使うからとまるで子供に言うように告げて少し遠ざけて、ぐるりと底を丸く切り抜いた。底は取っておくのだ。万が一にも捨てたりしないように、離れたところへ置いておく。
そしてスプーンを手に取った。このために用意した太く丈夫なものだ。衛宮邸に用意されているものでは、簡単に曲がってしまうから。
「―――――ふっ」
力をこめて、身を削る。少しずつ、少しずつ。身は固い。かぼちゃは大きい。難敵である。
物珍しそうな視線を感じながら少しずつ、少しずつ進めていく。知らず額に汗が浮かんで、半分ほど進めたところで一息つくことにした。 しっとりと湿った肌を拭っていると、コップに入った水が差しだされる。
ランサーだった。
それを受け取ると、わざと嫌味な顔でにやり、笑ってみせた。
「気が利くな」
「これくらいはな」
一気に飲み干した水は冷たく喉を潤す。ちゃぶ台にコップを置き、さて続きに取りかかろうとしたところでまじまじと自分とかぼちゃを見つめる視線に気づく。赤い瞳はらんらんと光って、先程のように子供の好奇心を連想させた。
やりづらい、と思いつつたずねてみる。
「どうしたのだね」
「オレにもやらせろ」
「は?」
「興味がわいた」
にかり、と笑う。が早いか、まるでつむじ風のようにランサーはスプーンを奪い取り、かぼちゃの身を削り始めた。ああっと声を上げてその手つきを見守る。
間違っても、筋力Bのせいでかぼちゃを破壊することのないように!
はらはらと見守る中、おっ、だの、よっと、だのと言いながらランサーは着々とかぼちゃの中を空洞にしていった。新聞紙を敷いたとはいえちゃぶ台の上は散らかったけれど、自分がやるよりよっぽど早かったな、とそれを見て思った。
軽くなったであろうかぼちゃを抱えて、ランサーはくるりと一回転した。その鼻の頭に飛んだオレンジ色の身を取ってやりながら、なかなか上出来だと誉めてやる。
すると満面の笑みを浮かべて、得意そうに鼻を鳴らすので思わず体を折って笑ってしまった。ランサーは初め目をきょとんと丸くして、それから口を尖らせていたけれど、そう不満でもないようだった。
だって、目は笑っていたのだから。
「で? これからどうする?」
「マジックで顔を書いて、ナイフで切り取る……ちょっとした工作のようなものになる」
「それも面白そうだな」
赤い瞳を今度はきらきら輝かせているので、素直に油性マジックを手渡した。ランサーの絵心は知れない、さて、どんな顔のジャック・オ・ランタンになるのか。
「具体的にどんな顔にすればいいんだ?」
「目と鼻は三角、口は……こう、ぎざぎざと、だな」
宙に指先で描く。おおまかな説明だったがランサーは理解したようで、口でマジックの蓋を開けた。きゅぽん、と気持ちのいい音。
エプロンで手を拭きながら、さてとと一旦冷蔵庫で寝かせておいたクッキー生地とパウンドケーキの様子を見に行くことにした。
戻ってきたとき、どんな芸術作品が出来上がっているか。お楽しみだ。


「アーチャー……」
生地とパウンドケーキの様子は良好。機嫌よく居間に戻ると、途方に暮れた犬が、違う、ランサーが出迎えてくれた。
何故だかかぼちゃの前に正座して油性マジックを畳に転がしている。蓋が外れたままだったので拾い上げてきちんと嵌めると、かぼちゃを見てみた。
呆気に取られた。
「これ、は、その、」
個性的な。
笑いを堪えながらなんとか誉めてみるが、同情はいらねえよ!と裏返った声で叫ばれた。
鬼。
ランサーの書いた顔をひとことで言うなら、それだった。東北などでよく見かける、鬼の面。それだ。
一般的なジャック・オ・ランタンとは程遠い。
「もういいから、おまえが上手くそこから手直ししてくれよ。器用だから簡単だろ?」
確かに出来ないこともない。―――――が。
「いや、君の書いたとおりに作ろう」
小振りのナイフを手に取ると、歪んだ線の通りに切れ目を入れた。あ、とランサーが口を開ける。だがそれにはかまわずに、どんどんと切り抜いていってしまう。この作業に力はいらない。いるのは素早さと器用さだ。
ということで、あっというまに作業は終わった。鬼の顔をしたジャック・オ・ランタン。
ふたりでそれをじっと眺めて、どちらからともなく噴きだす。
「……こりゃ、ひでえな」
「そうかな?」
肩を揺らして言うランサーの前でかぼちゃを持ち上げると、ぱっくりと大きく開いたその“ぎざぎざとした”口に、音を立てて。
「なかなか、愛しい顔だ」
くちづけた。
ランサーは呆然として、それから、せわしなくまばたきをして、咳払いをして。
おまえ、それはずるいだろ。
ぽつりとそうつぶやいて、腰を引き寄せてきた。
「―――――脳が空っぽのかぼちゃに嫉妬したとでも?」
「ああ、嫉妬したね」
だから責任取れよ、と熱っぽくささやいて、ランサーは情熱的にくちづけてきた。
ぽっかりと黒く開いたかぼちゃの目を、その白く大きな手で覆って。



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