あいつを殺すのは簡単だ。
オレを殺せばそれでいい。


だからオレは死なない。後追い自殺を図ろうとし兼ねないあいつを残して死ねるものか。
そして守る。何物からも、何者からも。あいつを傷つけようとする全てのものから。
あいつ。
あいつ、自身からも。
オレはあいつを守ろうじゃないか。


「…………」
頬杖をついて、甲斐甲斐しく働く後ろ姿を見守る。
どうして。
この後ろ姿は、日常を拒むのだろう。
「ランサー?」
いつの間にか近寄ってきた奴は、オレの目の前で手をひらひらと振る。その手首を前触れもなく握り締めた。
「――――ッ」
すると息を詰める音。驚いたか。そんなにも。
体温に。人肌に。心音に。
自分以外のもの、に。
本当は自分が一番怖いくせに、それなのに他人も怖がってみせるから。だから容易に近付けない。
驚いて、目を見張って、息を呑んで、それで。
手を払うことで、拒絶する。
でも一番に怖がっている自分は、どうしたって捨てられないから。
から、だから。
「怖がるなよ」
「え、っ」
「怖がるな」
そう言ったんだ。
告げれば、ふいっと視線が逸らされる。それはいい。まだ、いい。
「オレや。他の誰かを怖がるのはいい。おまえの難点だ、許す。でもな」
自分自身を怖がるなと。
「おまえは」
何も、悪くなんてない。
「もしかしたら、悪いのかもしれねえけど」
オレが。
「許す、から」
おまえの。
ぜんぶを。
手首から伝わってくる脈動。
命の鼓動。
「っと」
振り払われた手。奴は睨むように……睨みながらこちらを見据えて、その手を抱きかかえた。ああ、馬鹿、そんな。
愛しくような態度を取られたら、抱きしめたくなるに決まってるのに。
「優しくされるのは怖いか?」
「誰、がッ」
「酷くされてえか?」
どっちもしてやらねえよ、と唇を舌で舐めずって笑う。
優しくも、酷くも。
してやらずに、ただ。
ありのままだと笑う。
守ってはやるけれど。
ただ、ありのままだ。
それしか、出来ない。
ありのままでしか。
オレは、おまえを守れないと。
だって、もし曲げたりしたら。
オレはその時点でおまえを裏切ったことになる。
そんなのは望むところじゃないから。
だからしない。
オレはオレのまま。
おまえはおまえのまま。
それでいい。
そうだろう?
「ただ、守ってやる」
にんまりと、獣の食後のように笑った。



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