「言峰のバカ!」
そう言って、アーチャーはその場を駆け出した。
言峰は無言でその背中を見つめる。
一部始終を長椅子に座り見守っていたランサーは、思わず「ぶっ」と噴き出した。
そしてぴょんと立ち上がると言峰の方へと近付いていき。
「ふはっ、はは、ははは! “バカ”だとよ! “バカ”だとよぉ、言峰! ど、どうだ今の気持ち! さぞかし、くくっ、さぞ、さぞかし、堪えただろうなぁ、な!?」
背中をばんばんと叩いてひとしきり笑ったランサー、だったが。
「…………」
「あれ……れ?」
「…………」
「……れ?」
無言、答えない言峰にランサーが首を傾げる。ちょっと回り込んで、表情を覗き込み。
「…………れ?」
「…………」
能面だが、傷付いているという言峰の顔に、目を丸くした。
「言……峰? おまえ、もしかして」
「…………」
「傷付いたり、してんのか?」
「…………」
「ええ!?」
がったん!
思わず動揺したランサーは跳ね上がり、足を長椅子の足にぶつけてしまう。痛がった後で真顔になると言峰に語りかけてしまう。
「おまえが? おまえが傷付いてってんのかもしかして? 能面鉄壁愉悦倶楽部のおまえが? アーチャーに“バカ!”って言われたくらいで?」
「…………」
「……マジで?」
マジであった。
言峰綺礼はサーヴァント・アーチャーこと英霊エミヤと恋仲であり、彼に“バカ!”と捨て台詞を残されて去られて非常にご傷心であったのであった。
「あのよ……」
「…………」
「あー……なんか……なんかその、笑っちまってごめんな? ほら、大丈夫だって……あいつも何も本気で“バカ!”とか言ったんじゃねえって、な?」
「…………」
「大丈夫だって、すぐ戻ってくるって! “バカ”なんて子供の捨て台詞だろ? だーら! だ・か・ら、こんなの子供の台詞で本気じゃなくて……」
「痴情のもつれであるな」
「は!?」
英雄王ことギルガメッシュであった。
「何言ってんのおまえ!?」
「どろっどろの痴情のもつれであるな、コトミネとフェイカーのそれは。“バカ!”などと子供のような捨て台詞ではあったが奴は本気よ。コトミネ、奴はもう貴様の元へは戻ってはこんぞ?」
「お、おい貧弱王子! 何言ってんだおまえ!」
ぎりぎりぎりぎりぎぎぎぎ、
「え、何の音、」
ばきぃ!
「え!? 言峰、おまえ何してんだよ!? 教会の椅子砕いてどうすんだよ!?」
しかも素手で。
あれである、Zeroで見せた腕力のあれである。能面のまま教会の椅子を砕いた言峰を見て、ギルガメッシュはなおも愉しそうに言い募る。
「アンリマユの泥も驚きの泥試合よ! 残念であったなコトミネ、悔しいであろう? あろう?」
「おい煽んなバカ! バカ王子! おい言峰マジになんなって、言っただろ、あいつも本気じゃねえって、」
「生真面目一辺倒であるあいつのことよ。本気であるに決まっているであろう?」
「うるせえ口挟むな黙ってろ! 言峰、な? 落ち着けっておいおいおいこらこらこら椅子ひび入って、誰が直すんだと思って、おいこら、なァ、」
ばきぃ!
二代目の椅子が壊れた。ギルガメッシュは膝をバンバン叩いて笑っている。あっはっはっはっはっ!と笑いも極まっている。
「あいつは……帰ってこないのか……」
「! 言峰おまえ……喋れたのか!」
そういう問題ではない。
「じゃなくて……言峰! 帰ってくるって、帰ってくる! こんなのただのガキの喧嘩で……」
「コトミネもフェイカーもいい年をした大人であるぞ?」
「おまえはただのガキだな! じゃなくて、言峰? 落ち着け? な? また椅子にひび入って、あ、ああ、あ」
ばきぃ!
壊れた。
ランサーも、なんか自分が壊れてしまいそうだ、と思った。
「電話だ、電話しよう! アーチャーの奴だ、たぶん嬢ちゃんちか坊主んところにでもいるだろう。そんで連れ戻して仲直りさせりゃこの状況も」
「決定的に奴らの仲は決裂した! 仲直りなど絶対に有り得ないだろうよ!」
「おまえもう黙ってろ――――!!」
ランサーは叫んだ。もう限界だった。そして、言峰の体から波動が放射され。
連鎖的に教会内の長椅子が音を立てて次々と壊れていったのだった。



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