あんまりにも世界がくるくる回るので、ありえないことが起きた。
「……坊主はなにをやってるんだろなあ」
「知るか」
肩口に爪を立ててアーチャーは苦鳴を上げる。容赦のないその力加減にランサーも眉を寄せた。馬鹿野郎、となじる。
「痛てえっつんだよ」
「痛い……のは、こちらだ……!」
「ならてめえの唇でも噛んでろ」
勝手なことを言う。吐き捨てたアーチャーにランサーは酷薄に笑うと告げた。勝手だとも。突き上げるたびに汗が滴り落ちる。びく、と体をすくませてアーチャーは懸命に声を出さぬように耐えた。なにしろここは屋外だ。いつ誰が来るとも限らない。
子供たちだとか、例の金ぴか慢心王だとか。
下肢は熱くてぎちぎちと音を立てて、ただ苦痛なだけなのに奥底からぞわぞわと這い上がってくるものがある。それがなにか気づかないように、気づかないふりをして、アーチャーは唇を噛んで爪を立てる。
「―――――ふ、…………」
腰を掴んでくるランサーの手は熱い。汗をかいて湿っているので、触れたところから同化してきそうでやや気色が悪い。褐色の肌と白い肌、その異色同士がまじりあって、体液に変わって、コンクリートを点々と黒く染めていく。つながっている事実よりもその点のほうがれっきとした性交の証のようで、アーチャーは揺さぶられながらそれをうとましく思った。
「……なんでこんなことになった?」
本当に不思議そうにランサーが聞くので、アーチャーは一瞬毒気を抜かれる。なのにランサーの熱は抜いてもらえずに、さらに奥のほうまで押しこまれて思わず低く呻いた。
「疑問ならば、さっさと止め、て、そのまま、どこか、へ行っ、てしまうといい……っ」
「そう出来たらいいんだけどなあ。生憎ともう止まらねえんだわ」
忌々しいことに。
とたんにさらに熱が押しこまれて、まさかとアーチャーは目を見開く。反射的に解放を求めて動いた体は壁に行き当たって逃げ場を失う。
「貴様、底無しか……!?」
「あ? これくらい普通だろ。……大体な、受け入れといて失礼なこと言うんじゃねえよ」
「普通!? …………ん!」
首筋を食まれて声を上げる。ささやくような罵声の応酬はしかしどこか子供じみてきていて殺伐さなどかけらも見当たらなかった。
犬歯を突き立ててアーチャーの耐える声を堪能したランサーは、軽く穴の開いたそこをべろりと舌で舐める。案の定アーチャーは敏感に反応して、けれどやはり懸命に声を出さぬよう、媚態を露出させてしまわないように耐えた。
「なあ。おまえ、なんでこんなことになったんだと思う?」
息を荒げて、腰の動きを止めてランサーが問う。
「オレにも隙があったってことか?」
「……っ、隙……?」
「そうだ。つけこまれるような隙だよ」
「なにに、つけこまれると……」
「さあな」
無責任に言い放つとランサーは再び動きを再開した。不意打ちにとっさに対応することが出来ず、アーチャーは高い嬌声を上げてしまう。ランサーはその声に驚いたように目を丸くすると、滴る汗もそのままに嫌な笑い方をした。
ずるずると他者の熱が奥まで入りこんでくる感覚に喘ぐアーチャー。ずるずると他者の中に引きこまれる感覚に呻くランサー。
「悪くねえ」
うつろな目で、それでも力を失わないようにランサーを睨みつけるアーチャー。なにが、と問おうとする唇を奪われた。
侵入する舌はやはり熱い。逃げるようにアーチャーの舌は奥まで引っこむが、長いランサーの舌はそんな抵抗もおかまいなしにとらえて引きずりだしてきてしまう。しばらくその場は静かになった。絡めあう舌の濡れた音はするが、潮騒の音にかき消されてしまう。
ぷは、と始めたときと同じく唐突にランサーはアーチャーを解放した。
「き、さま、いきなり、なにを」
「いや」
ランサーは言った。
「キス。そういえば忘れてたと思ってな」
いらねえと思ってたんだけどよ。なんだか、したくなった。
その言葉に唖然とするアーチャー。ランサーは自分でもおかしいことを言っているというような顔をしてそれからまたアーチャーの腰を抱え直した。
「坊主に感謝しねえとならねえかもなあ」
「……なにを言って、いるのかね……っ」
「あいつが迷い道してるせいで、こんなありえないことが起きたんだからよ」
おまえとこうやって遊ぶのも、楽しいってことに気がついた。
今までは戦いや口喧嘩にしか楽しさを見いだせなかったのにな―――――ランサーはつぶやく。そして、にい、と笑った。
「この分だとまだ当分“この四日間”は終わりそうにねえ。……楽しもうぜ。アーチャー」
貫かれて、動けなくて。
真正面から赤い瞳に見すえられてアーチャーは口ごもる。
なにか罵る言葉を言おうとした。駄犬、たわけが、狗め、盛りのついた―――――。
だけれどそれはすべて宙に溶けて、無駄なものになる。
「お?」
脱力したアーチャーを見て、ランサーが面白そうな声を上げる。
「どうしたよ。もう音を上げるのか」
「……疲れた。好きにするといい」
力ない返事にランサーはつまらなさそうな顔をしたが、すぐに楽しそうな表情に戻って唇を寄せてきた。
くちづけをされながら抜き差しを再開されて、アーチャーは嬌声をランサーの中に吐きだす。潮騒の音。
世界がいまだくすくす笑ってくるくる回ろうというのなら、対策を考えないとならないだろうか―――――それとも、放っておいてこのまま怠惰にすごすのも―――――わからない。
いまはなにも、わからない。
初めての熱に貫かれながら、翻弄されながらアーチャーはとりあえずささやかな復讐としてランサーの肩口にふたたび爪を立てた。


ランサーは、ただ笑って、なにも、言わなかった。



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