ぐうたら。
そんな形容詞が似合う様子で、ランサーは己に割り当てられた部屋で半分眠っていた。昼すぎの衛宮邸はそこかしこでさわさわと喧騒が聞こえる。眠りの邪魔になりそうだが、これがまたそうでもないのだ。片耳を押しつけた状態で聞く物音は奇妙に歪んで聞こえてまるで子守唄のようだ。
そんなランサーを見下ろし、アーチャーはぼんやりと窓の外を見ている。正座をして少し背中を丸め。手持ちぶさたに後ろでくくられた青い髪を梳いたりしながらテレビもない部屋で、ただぼんやりと。
と、廊下を歩く包み隠さぬ気配がしたかと思うと。
からりと音を立てて襖が開かれた。
「アーチャーさん、遠坂さんが呼んで……あら?」
やってきたのは藤村大河。
目をきょとんと丸くして、アーチャー、の膝枕で眠りかけているランサー、を見ている。
アーチャーはいたずらを見つかった猫のようにわずかにびくんと体を揺らして大河を見つめる。
「あらららら」
目を丸くしたまま大河は部屋の中へと入ってくると(襖を閉めることは忘れずに)すとんとアーチャーたちの傍へと立て膝で座りこんだ。じろじろと、しかしぶしつけにではなくふたりを見て、そうして、なにか言いたげなアーチャーを見てにっこりと笑う。
「いいわねー、まったり? のんびり? っていうの? すごく気持ち良さそう」
「―――――……、いや、その」
答えに困ったように言葉を詰まらせるアーチャー。それに小首をかしげて笑顔を浮かべたまま、大河は屈託なく言う。
「ランサーさんもバイトで疲れてるのねー。あ、いいわいいわ。わたしから遠坂さんに言っておく。アーチャーさんは、ちょっと忙しいみたいって」
「あ、いや。それは、その、助かるが、」
「助かるならいいじゃない。わたしも人助けが出来て満足ってもんです」
えへんと胸を張る。そのしぐさにどこかなつかしいものを感じてアーチャーは目を細めた。唇が小さく動きかけたとき、ランサーが薄くまぶたを開く。
赤い目がとろんと辺りの風景を映し、数度まばたきをし、そうしてようやく大河をとらえた。
「……ああ。なんか騒がしいと思ったら、虎の姉ちゃんか」
騒がしい、というがその言葉には嫌味さがない。好意的に受け止めているようだ。だがアーチャーの膝から頭はどけない。それどころか腰に腕を巻きつけるようにして膝に頬をすり寄せている。
さすがにそれはまずいと思ったのか、アーチャーが口を開こうとしたとき。
「ふたりは、仲がいいのね」
にこり、と。
何の裏もなく、彼女はそう言いきった。
「虎の姉ちゃんもそう思うか?」
「うん。見てるだけでわかるわ。なんてったってわたし、先生だもの」
「それ関係あるのかよー」
「あるわよー。……あるかなー?」
「なんだそれ」
眠いのか、酔っ払いのような反応を返すランサーに大河はあっけらかんと返す。
「でも、わたしわかるわよ。アーチャーさんとランサーさんは仲良し。これは間違いないわ」
「…………」
「虎の姉ちゃんはさすがだな。初めて会ったときからただものじゃねえとは思ってたが、ここまでとは思ってなかったぜ」
「うんうん。ランサーさんてば、よくわかってるう!」
「あいて」
ぺしん、と頭を叩かれたランサーはいてえなあ、ひでえよ虎の姉ちゃん、などとぐだぐだ言っていたがやがてとろとろとまぶたを下ろし。
「……アーチャー?」
膝の上に乗せられたアーチャーの手を取って。


「愛してるぜ」


そう言って、くちづけた。
残されたふたり―――――アーチャーと大河はそろって目を丸く見開く。へへへ、と笑ったランサーはアーチャーの手を捧げ持ったまま、ことんと眠りに落ちた。
完全に。
しん、と沈黙が落ちて、静かなランサーの寝息が部屋に満ちる。
何かを言おうとして、なにを言っていいのかわからずアーチャーがとりあえず大河のほうを向いたとき。
大河は、目を細めて笑っていた。
そして。
「いいわねえ」
しみじみと、つぶやいた。
幸せそうに眠るランサーを見ながら、自分のほうがよっぽど幸せそうに笑って、そっと。
「誰かに愛されるって、幸せなことよ」
アーチャーに向かって、笑いかけた。
「あ、」
「さて、と。それじゃわたし、行くわね」
言いかけたアーチャーに気づかないように、大河は腰を上げる。
「遠坂さんに言ってこないと。待ってるだろうし」
「あ、の」
「うん?」
んー、と伸びをした大河は、アーチャーの視線に気づいたように顔を向ける。口元に手を当てて、じっとアーチャーを見て、彼女は。
「やだ、誰にも言わないから安心してよう。それともわたしがそんな人間に見える?」
「あ―――――いや」
「でしょ?」
自分で言うのもなんだけどね、とからから笑って、大河はぴょんぴょんと飛び跳ねるように部屋の出口まで向かった。
「それじゃね、ごゆっくり」
ふふふ、と含み笑いをして退散しようとした彼女に、アーチャーは―――――
「藤ね、」
言いかけて、下を向いて。
「……ありがとう」
その言葉に大河は目をぱちくりとさせていたが。
「気にしない!」
元気よくVサインをすると、にっかり笑みを見せた。それはとてもまぶしい笑顔だった。
ぱたんと音を立てて閉まった襖がその笑顔を隠すと、部屋は急にしんとなったように見える。いや、きっと事実そうなのだろう、とアーチャーは思いながら、深く眠るランサーの髪を梳いた。
「……私は、幸せだと思うか?」
眠っているランサーは、当然答えない。だからアーチャーはくくく、とひとり笑って。
「答えんか、たわけが」
憎まれ口を叩きながら、ランサーの額にくちづけたのだった。



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