人数が多くなると洗濯物も多くなる。せっせと乾いたものを畳みながら仕分けしているアーチャーの横で、ランサーはごろりと横たわり新聞を読んでいた。わりと日課である。経済欄からテレビ欄まで。すみずみまで読んで、面白いもんだよな、と笑う。反応はそれぞれだ。
勉強家なんですねと感動したように間桐桜は言うし、あんた変わった英雄ねと遠坂凛は言う。ほら、すでに姉妹でこんなに違う。
傍らのアーチャーはというと、「ふむ」この一言だけだった。
感心にも取れるし、放置にも取れる。無表情なのだからして、内心がわからない。だけどランサーは得意そうにへへと笑ってみせた。
誉められた子供のように。
「……あ」
「どうしたね」
「釣りの特番。夕方から一時間。あるみたいだぜ」
「ほう」
「あーだけどな、セイバーがな。ニュース見たがるだろ。ほら、最近始まった庶民派食べ歩きグルメツアーとかなんだの。あれ目当てに」
「そうだったな」
「あとライダーだ。時代劇だ、再放送の」
「それはビデオを撮っていったみたいだぞ」
「まじでか。なら問題はセイバーだけか……」
ぶちぶちと言って煙草のフィルタを噛む。まだ火は点いていない。そんなランサーにアーチャーは黙って灰皿を滑らせた。
ジャストな間合いで届いたそれを、おー、などと言いながらランサーは引き寄せてまたフィルタを噛む。たぶん礼を言っているのだろう。ぴこぴことくわえた煙草の先端が揺れる。
一時期バイトがつづかないストレスからヘビースモーカーになりかけたランサーを救ったのはアーチャーだ。具体的になにをしただとかいうことはない。だがある日、アーチャーが無言でランサーを自分の部屋に呼びこんで、しばらくするとランサーがすっきりとした顔で出てきた。それからランサーはそう煙草を吸わなくなった。
部屋の中でなにがあったのかは当人たち以外誰も知らない。
思わず赤面するようなラブで恥ずかしい展開があったのかもしれないし、青ざめるような血で血を洗うごとくの闘いがあったのかもしれない。
そのどちらもありうることだから、アーチャーとランサーは厄介なのだ。
「……あ」
「どうしたね」
「今日の夕飯。なんだ」
「まだ決めていないが」
「ならよ、リクエストがある」
「ほう」
「な、いいか」
「あとで聞こう」
「うっし」
寝転がったままでガッツポーズを取るのを見て、アーチャーは再び洗濯物を畳み始めた。本当に量が多い。少年少女や英霊たちのものと合わせて藤村大河のものもあるからだろう。しましまのシャツ。
何枚もあるそれを無表情で畳みながら、アーチャーはどこか懐かしそうな目をしている。以前ふんわかやわらか仕上げねー、ありがとう!などと笑顔で彼女に言われたときと同じ目をしていた。
ランサーはまだ火の点いていない煙草をぴこぴことやっている。暇なのだろうか。
そう思って、アーチャーは先日洗濯物をランサーに仕分けさせてみたことがある。畳むのは自分の仕事だから譲れないとひそかに決めて。 仕分けくらいなら問題なく出来るだろう……その考えは甘かった。
進まない。これが嬢ちゃんのお気に入りか、だの、坊主は同じシャツばっか着てるな、さすがおまえの原点だなどと。うるさい。本当にうるさかった。だからアーチャーは黙ってそれを全部取り上げて、最初から自分でやり直した。
あ、などとランサーは言っていたが、静かな目で見つめるとなにも言わなくなった。
その日以来、アーチャーが洗濯物の仕分けをランサーに頼むことはなくなった。
ぴこ、とランサーの口にした煙草の動きが止まる。それを真面目な顔をして灰皿に置くと、ランサーは言う。
「なあ」
「どうしたね」
「口よこせ。どうも口寂しい」
「夕飯まで我慢出来ないか?」
「そういうことじゃねえだろ。……ほら、よこせって」
ぱたん、と最後の洗濯物を畳み終えて山の上に積むと、アーチャーは嘆息した。
上半身を寝転がるランサーのほうまで伸ばす。ランサーも上半身を起こしてアーチャーのほうまで伸ばす。ごく自然に唇が合わさった。ひなたは暖かい。そのひなたを避けて、陰でふたりは唇を合わせる。双方まぶたを閉じて、ゆっくりと食むように。肌の上のそこだけが異質な赤色がまるで別の意志を持った生き物のように動く。ランサーは右手を伸ばし抱えこむようにアーチャーの頭を引き寄せる。そうするとさらに深く唇は重なった。
濡れた音が日常の喧騒の中にまじる。
それは、異質だった。
日常の中で、どうしようもなく、異質だったけれど、自然だった。
舌で銀糸を引いて、どちらからともなく唇を離す。
いまだ聞こえる喧騒の中でふたりは見つめあった。赤い瞳が剣呑にきらめいたかと思うと、ランサーが口を開く。
「もっと食いてえなあ」
鋼色の瞳でそれを見て、アーチャーは言う。
「我慢したまえ」
ランサーが言い募る。
「出来そうにねえよ」
アーチャーは口元を拭う。そのついでにと唾液で濡れた手の甲を毛づくろいする猫のように舐めて、つぶやいた。
「―――――夜まで」
「夕飯じゃねえぞ」
「わかっている」
「―――――夜まで?」
「ああ」
剣呑な赤色がふっと緩む。
「そっか」
そう言って、ランサーは笑んだ。
畳の上にごろりと寝転がると、あーあと天井を見上げて待ち遠しそうに言う。
「遠いよなあ。夜ってのはよ」
「なに。意識しないでいればすぐだ」
「そうか?」
「そうとも」
「そうか」
子供たちのはしゃぐ声がする。
それを意識していれば、ひそやかな夜まではまだ、遠い。アーチャーはそれを忘れろと言う。ランサーは難しいもんだと言いながらにやにやと笑みを浮かべて楽しそうに目を閉じた。
ゆるゆると時間は流れていく。ゆっくりと、しかし確実に。



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