To me, you are still nothing more than a little boy who is just like a hundred thousand other little boys. And I have no need of you. And you, on your part, have no need of me But if you tame me, then we shall need each other. To me, you will be unique in all the world. To you, I shall be unique in all the world……


おれの目から見ると、あんたはまだ、ほかの十万もの男の子とべつに変わりない男の子なのさ。だからおれは、あんたがいなくたっていいんだ。
あんたもやっぱりおれがいなくたっていいんだ。
だけど、あんたがおれを飼いならし仲良くなると、おれたちはもうお互いに離れられなくなるよ。あんたはおれにとって、この世でたったひとりの人になるし、おれはあんたにとって、かけがえのないものになるんだよ。――――サン・テグジュペリ『星の王子様』


つまりはそういうことだ。
「?」
奴は不思議そうな……というには無邪気さが足りない、言うなら怪訝そうな顔をしてオレの方を見ている。
バイト帰りに時間を潰すのに立ち寄った“図書館”という場所でオレは星の王子様とやらという子供が読む類の童話を見つけた。
いやいやそれが、実によく出来ている。
目の前の奴――――弓兵アーチャーは、オレにとって最初は特にどうという存在でもなかった。戦っていて面白い奴だとは思いはしたがそれだけ。けれど、でも。“飼いならす”。
聞こえは悪いが、アーチャーは実に巧みにオレを飼いならした。
ちなみに“飼いならす”っていうのをこの作者風に言うと、“仲良くなる”ってことらしい。
仲良くなって、オレたちはもう互いに離れられなくなった。この世でたったひとりだなんて甘ったるいことを言うつもりはないけれど大事には思っている。
だって、オレはアーチャーにとってかけがえのないものなんだから。
だったら大事に思っててやらないといけないだろ?
「……ランサー、先程からじっと私を見て……何か用があるのか?」
「用がなきゃ見ちゃいけねえのか」
「世間一般ではそういうもの……」
「じゃあ用を作ってやるよ。……しようぜ、アーチャー」
「な……っ!?」
一瞬でばたた、と慌しく距離を取って逃げ出したアーチャーを見てオレは、くす、と噴き出して次の瞬間笑い出す。アーチャーの丸い瞳。ああおかしいの。そう思いながら、一方では動揺したことで瞳孔が開いた鋼色の瞳を舐めたいな、だとか考えてみたりしている。
「おまえ、焦りすぎ」
「な、な、な……っ、だ、って、きみ、が、」
「何か勘違いしてねえ?」
しようぜ、っていう意味をだよ。
言ってやれば毛を逆立てた猫だったようなアーチャーは目を丸くしてシンキングタイム。ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。
「あ……ああ、そう、か、私が、単に勘違いを、」
「セックスじゃなくてキスしようって意味で」
「お断りだ!!」
言ったんだけど、と言う暇もない。
一瞬で言葉はバッサリ、断頭台のギロチンに襲われた首のように跳ね飛びる。
「アーチャー」
「何だ!」
「おまえ、初心すぎ」
「君が奔放すぎるんだ!」
私がおかしいように言うな!と叫ぶアーチャー。どうでもいいけど鼓膜が痛てえ。
それにしたって。
「なぁ」
開いた距離を詰める。一歩、二歩、三歩、えーとそれから?
「逃げたいなら、よ」
間近に迫ったアーチャーの顔、焦った顔、それを不敵に見上げて笑いたくなる。大声を上げて。げらげらと。げたげたと。
アーチャー曰く、“品のない”笑い声で。
でも、浮かべたのは薄笑い。
「本気で逃げなきゃなぁ?」
ゆっくりと、わざとらしく、見せ付けるみたいに言ってやった。
掴んだ手首は男のものだ。
柔らかくもなければ細くもない。ごつくて、節くれ立っていて、硬い。
だけど、そいつがいいんだ。
アーチャーはオレにとって、“この世でたったひとりの人”みたいなもんになっちまったし。
なら、全部を美味く呑み込んでやらなきゃ嘘ってもんだろう。
するっと手を、腕を伸ばして体を捉える。……熱い。いつもは冷たいくせに。オレの言葉を聞いて、触られて、はしたなく体を熱くしている。
そんなアーチャーに欲情したし、抱きたいと思った。
だけど、今日は。
「ん……っ」
キス、だけ。
「え……?」
頬にひとつ、額にひとつ。合計ふたつの、それだけのキス。
それを受けたアーチャーは驚いて、目をぱちくりさせて、「…………え?」とつぶやいて、
「してほしいとこ、他にあんのか?」
「――――あるかっ!!」
たわけが、と叫んで、空気を震わせて。
王子様とやらの傍に咲いた、薔薇のようにすこぶる見事にその顔を真っ赤にした。



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