衛宮邸、縁側。
「ふう」
家事を一通り終えて布巾で手を拭い、満足のため息をついていたアーチャーにちょうどバイト帰りのランサーが寄ってきた。
「お疲れさん」
にっかりと笑う。その笑顔はまさに光の御子。
夜なのに眩しい。目を細めたアーチャーに、ランサーはさらに微笑む。
頬が、熱い。ひんやりとした自らの手を火照った頬に当てたアーチャーに、ランサーは首を傾げた。
「飲むか?」
「あ、ああ」
差し出されたのはノンアルコールのビール。ランサーはきちんとアルコール入りのビールを自らに用意していた。もちろん生前は、浴びるように酒を飲んでいたランサー……クー・フーリンだ。アルコール入りのビールでも水のようなものである。プシッ、と弾けるような音を立ててプルトップを開ける。そしてぐいっ、と。
「ほんと、水だな」
一缶を一気に煽り、けらけらと笑うランサーをアーチャーは驚いたような顔で見る。アーチャーは酒が得意な方ではない。なのでランサーを、何故だか尊敬するような視線で見てしまっていた。
「おまえも飲めよ。酔わないから」
「うん」
プシッ。
弾ける音がして、白い泡が褐色の手にかかった。
「!?」
「あーあー」
ぱっ、と。
アーチャーが驚いて取り落とした布巾を素早くランサーが取り上げ、濡れた手を拭ってやる。
「気をつけろよな。おまえ、変なところで鈍臭せえんだからよ」
「済まない……」
しゅんとしてしまったアーチャーの頭を綺麗に拭った手でぽんぽんと叩いて、ランサーは彼を慰めた。
「ま、そう落ち込むことじゃねえって」
「う、む……」
「疲れてんだな、おまえも」
ぽん。
肩に置かれた、熱い、手。
それが滑らかにすべっていく様に、アーチャーはどきりとする。
「揉んでやろうか?」
「え?」
ああ、そうか。
肩を揉んでやろうかと言ってくれているのか。
そうか、少し恥ずかしく照れくさくもあるが、頼もうか……そう思い、アーチャーが口を開こうとした時だ。


「胸。揉んでやろうか」
「……は?」
「だから、胸」


ゆっくりと首だけで振り向けば、わきわき、といつの間にかランサーの、白い、手が。
「……は?」
「だから、胸揉んでやろうかって」
「ちょっと待て」
「ちょっとだな」
「いや、大分待て」
どっちだよ、と笑うランサーの顔が実に普通で、アーチャーは自分がおかしいのかと思ってしまう、でもそんなことはない、そんなわけがない、そんなはずが。
「……胸?」
「ああ」
「……胸を、揉もうと言ったのか? 君は」
「ああ」
にぱー。
笑う顔が、実に。
「……変態なのか? 君は」
「え?」
何でだよ、と笑う顔が実に普通で、いや、そんなことはない、そんなわけがない、そんなはずが。
「いいかね、ランサー」
「ああ」
「男の胸を揉もうという輩は、変態だ」
「何でだよー」
からからと笑う。いや、笑われても、というものだ。一気に愕然としてアーチャーはランサーを見た。
「変態だ」
「そんなことねえって」
「ある」
「ねえって」
「ある!」
そのまま拳を握り。
わきわきと手を動かすランサーの顔面へと、叩き付けた。
「ドュクシ!」
ランサーの口から謎の言葉が迸る。アーチャーは逃げるように距離を取り、そのまま立ち上がり、廊下を滑るように駆け出した。
光の御子の顔が、幸せそうだったからだ。



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