「血統書付きならいいのだけれど」
鈴を鳴らすような少女の声。
「けれどそうじゃないでしょう?」
「……義姉さま、何を言っているんでしょうねえ」
「あら、わからなくて?」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
イリヤは首を傾げてぱりんと黒糖ゴーフルを口にした。
「血統書付きの犬なのならまだいいだろうって言ったの。もしくは狼ね。誇りがあるからいいわ。……でも、あなた」
そこでイリヤは声を潜め、“あなた”こと――――ランサーへと顔を絶妙に近付けた。
「ただの駄犬でしょう?」
「よし表に出ろ。きっつーい躾をかましてやる」
「ランサー、イリヤ?」
やってきたのはアーチャー。洗濯物を抱えて居間へと足を踏み入れる。
途端、ふたりの様子が切り替わった。
「何でもないわ、アーチャー!」
「何でもないぜ、アーチャー!」
アーチャーはそれを聞き先程のイリヤのように首を傾げ傾げ洗濯物を配布すべく居間から去っていった。
ばちん、と噛み合う赤い対の瞳。
「自称こいびとに媚を売るなんて。みっともない、恥じなさい」
「弟に真実も言えねえのかよ。姉が聞いて呆れるぜ」
「何よ」
「何だよ」
「ランサー、イリヤ……」
ひょこんと顔を覗かせたアーチャーに、がらりとふたりの様子は変わった。
「様子がおかしいが、何かあったのか?」
「何もないわ、アーチャー!」
「何もないぜ、アーチャー!」
「何もないには随分と険悪だったようだが……」
「どうして? わたしたち、とっても仲良しよ?」
「そうだぜ、オレたち限りなく仲良しだぜ?」
「それならいいのだが……」
首を捻り捻り再び居間から出ていくアーチャー。がちん、と噛み合う赤い瞳たち。
「アーチャーに心配をかけるだなんて、最低!」
「その言葉そのまま返すぜ」
「どうしてわたしがそんなこと言われないといけないの」
「てめえの言動をわからねえたあ、とんだ間抜けだな!」
「わたしが? 間抜け? あなた、去勢されたいの?」
「ぐ……その言葉、誰に教わった!」
「あの極悪シスターよ」
うふん、と胸を張るイリヤを睨み付けるランサー。最速の英霊であったが、どうやら口喧嘩では敗北したらしい。
カレン・オルテンシア。彼女に口で、毒舌で勝てる者は大体いないのである。
その壮絶さは毒辛ハバネロ、激甘ハチミツだ。
ちなみにハチミツ授業とは全く違う。そんないいものではない。全くもって違う。
「あなた、屈する気になった? 早く諦めなさいな、わたしの弟のこと! だって欠片も望みなんてないんだから!」
「よし正座しろ。もしくは目を閉じろ。説教とビンタどっちがいい?」
「ランサー、イリヤ……やはり、何か様子がおかしい……」
「アーチャー、助けて!」
「はあ!?」
わっと嘘泣きをかまして洗濯物を片付け終えたアーチャーの胸元にダイブしたイリヤ。それを受け止めて、アーチャーはとりあえず鷹の目をランサーへと飛ばす。
「虐めるの! ランサーが虐めるの! わたし何も悪いことしてないのに!」
「ランサー、君……こんな可憐な姉さんを……」
「あーあーそうですよねー! シスコンのおまえに話を持っていけばそうなりますよねー! わかってましたー!」
ヤケのように叫ぶランサー、それにわざとらしく見えるようにイリヤはあっかんべーと舌を出す。
さすがにランサーのこめかみにもぴきりと音を立てて青筋が立った。
「アーチャーちょっとそいつ貸せ! 一発でもいい、説教してかましてやらねえと気が済まねえ!」
「やだ! アーチャー、わたしを守って、お願い!」
「わかったよ、姉さん……姉さんは、オレが守る」
「心底からシスコンだな、おまえ!」


ぎゃあぎゃあと喚き叫ぶ三人を眺め、凛は抹茶ゴーフルをぱりんと齧った。
「アーチャーはわたしのものなのに」
「うん、大体こんなオチになるとはわかってたぞ遠坂」
お茶のお代わりいるか?と士郎が聞いて、頂戴、と凛は返した。


セイバーは両手にプレーン、黒糖、抹茶のゴーフルを持ってかわるがわるさくさくと齧っていた。



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