唄を歌う。
絶え間なく。留まりなく。滞りなく。
「…………」


その姿を見て、ふとアーチャーは足を止めた。縁側に座り、足を伸ばして、投げ出して。目を閉じ歌っているランサーの姿。
燦々と輝く太陽の光を受け白い肌を、青い髪を輝かせ歌っているランサーの姿にアーチャーの足は縫い止められてしまった。濡れた洗濯物で沢山の洗濯籠を腕に抱えて動けない。
口から発せられる言語はわからなかったけれど。どこか、異国の唄だろうか。そうだ。彼はアイルランドの光の御子だ、とアーチャーは勘付いた。だからきっとランサーの口から迸る唄は母国の唄なのだろう。
と。
「あ」
ぱちん。
開く白い目蓋。
覗く赤い、瞳。
あ、とアーチャーはつぶやいた。ぎゅっと洗濯籠を抱き締める。何故だか、かああああ、と顔が赤くなるのを感じて。
「? おい、アーチャー!」
だっ、と。
洗濯籠を抱き締め駆け出していったアーチャーに、解せぬ、といった様子でランサーは腰を上げた。
レディゴー。


「で?」
オレから逃げられると思ったか。
とニヤニヤ。
アーチャーが駆け出して数秒後、いかにも楽しそうに笑って片腕を伸ばし、廊下の奥まったところに閉じ込め。悪い男の見本でございといった様子でランサーは笑っていた。
「で、何で逃げた」
「に……」
「に?」
「逃げていない」
「――――」
さすがに苦しい言い訳である。その証拠にランサーも赤い瞳を丸くしてアーチャーを見つめている。
「いや、逃げただろ」
「だから逃げていない」
「思いっきり逃げただろうが」
「だから逃げてなどいない」
「……逃げたってんだろ」
「……逃げてなどいない」
あのなあ、とランサーは声を低める。そして、
「あんまり言い訳すっと。……ここで、抱くぞ」
「!?」
アーチャーの褐色の肌が。
真っ赤に、染まっていく。どうだと胸を張るランサーに、「それでも」とアーチャーは首を振り。
「逃げて、など、いない……っ!」
「ほう。そうかそうか」
おまえはここで抱かれるのをご所望か、と顔を近付けてきたランサーに。未だ洗濯籠を抱き締めたまま、アーチャーは絶叫した。
「例え! ……例え、逃げたように見えたとしても! それは違う……! 私はただ、ただ、君の――――」
君の、歌声が、余りにも。
「綺麗、だったから……!」
邪魔を、してはいけないと。
「そう、思ったから……!」
「…………は?」
唇が触れる、まさにすれすれの距離。
ランサーは動きを止めた。肩をぜえぜえと言わせるアーチャーを見つめて、上から下まで眺めて、ぱちぱちと瞬きをして。
「……おまえ、何言ってんだ」
ああ、また。また、私はおかしなことを。
自虐に陥りかけたアーチャーの目の前で、ランサーは。
「何でおまえがいることでオレの歌声がおかしなことになるよ。むしろその逆だ。……おまえに聞いてもらうことによって、オレの声は」
輝く。
「……え?」
「そうだな。言うなら」
太陽のように。
そう言ってにっかりと笑ったランサーの顔を、アーチャーは呆気に取られた顔で見つめる。ぽかん、という擬音がまさにぴったりな、それは、顔付きだった。
「……自信家、だな」
「でも間違っちゃいねえだろう?」
「ああ、そう、だな、――――んっ、」
どさり、と重量級の音を立てて洗濯籠がアーチャーの腕の中から落ちる。合わせた唇の間から歌声を吹き込むようにして、ランサーは今度はうっすらと微笑んだ。
「歌ってやるぜ」
おまえだけに、と笑った顔はまさしく太陽神の息子という表現がぴったりな笑顔だった。



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