「……なあ」
「何だね」
「これ、まだ終わんねえのか?」
「ああ、まだまだ終わらないぞ」
だからおとなしくしていることだな。
まるで子供に言うように言われてしまって、仕方なくランサーは口を噤む。
うららかな、春のような陽気の昼間にふたりっきり縁側で、ランサーとアーチャーは何をしているかと言えば。
「これは……相当放置していたな? 奥まで汚れているぞ」
耳かきであった。
「だってよお、オレの国そんなもんなかったし」
「清潔にするくらいの文化はあっただろう?」
「でもそんな器具はなかったしよ」
「あっ」
あっ?
何か起こったのか、とびくりとしかけたランサーに、動くな!と小さな声でアーチャーが早口に言う。
「今、大きな塊が見えたんだ。取ってやるからおとなしくしているんだぞ」
「……へいへい」
ゆっくり動きかけた体を戻すランサーの耳の中で、かさこそと何か動物が動くような音が鳴っている。
耳の中で聞くその音は何だかひどく奇妙な気持ちにランサーをさせて、結果どうしても落ち着かない心持ちに導くのだった。
「大きいな……ん……違う、ここじゃない……こっちか? いや、こうか……」
「…………」
そういう発言はエロく聞こえるのでやめてください。
言いたいが言えないランサーさんでした。
「……よし、取れたぞ」
やっと終わりか?
言いかけて、ランサーは硬直した。


「ふっ」と。
アーチャーが「ふっ」と、ランサーの耳の穴に息を吹き込んできたのである。生吐息を。直接に。直に。


思わずぞわぞわぞわ、と背筋を悪くない怖気が走っていくのを感じてランサーが身を震わせると、アーチャーがああ、とつぶやく。
「どこか痛くしたかね?」
「うんにゃ、違うっていうか……。……ていうか今の何だ」
「ん? 取りきれないカスを吹き飛ばしただけだが?」
それで。
それで人様の耳に直接吐息を吹き込みますかと。
ランサーはアーチャーの首根っこを掴んで小一時間問い詰めたかったが、出来なかった。体が硬直してしまっていたせいで。
ぐっ、と握ったこぶしにいらない力が入る。たぶん開いてみれば爪の跡がついているはずだ。
「あ」
「あ?」
次は何だと言いかけたランサーに。
「動くな」
言ってアーチャーはその顔を固定する。
「また大きな塊が見えた」
「またって……どれだけオレの耳汚れてんだよ」
「自分の体に聞きたまえ。さ、力を抜いて」
「だから言い方がいちいちエロいってんだ……」
「何か言ったか?」
「イエナンデモアリマセン」
よし、とアーチャーは言って、手にした耳かきを高々と掲げる。心なしかその顔はいきいきとしていた。
その膝の上から庭を眺めながら、今誰かが帰ってきたらこいつどんな顔しやがるんだろうとランサーは思った。というか来客の可能性も考えないのか。それほど自分の耳かきとやらをしたかったのか。そうなのかと問い殺したいがそうだが?と答えられて終わりそうな気がする。
ランサーはアーチャーには間違いなく口で負ける。口を使っての別の手段の勝負なら勝てそうな気がしないでもないが。ちなみにそれは未だ試してみたことはない。持続時間的な意味で。
今夜試してみようかな、などと不穏なことを考えつつもランサーは内心、次の吐息を待ちながらどきどきと耳の中のかさこそという音を聞いていた。
それは結論的に三回ほど訪れランサーを骨抜きにし、それでも耐えたランサーが「終わったぞ」との満足そうな言葉を聞いてやっと終わったかと安堵してみれば「じゃあ次は逆の耳だ」と言われて、彼はカッと目を見開くこととなる。



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