「アンタを見てるとオレのマスターを思いだすなあ。……ああいや、外見がってわけじゃねえよ。中味だ、中味」
そう言って少年の姿をした影が笑う。
「そもそもオレのマスターはオンナでアンタはオトコだ。似てるわけがねえわな、外見が」
そう言ってケタケタと笑う。その声は聞いたことなどかけらもないようで、だがひどく脳にこびりつく。知らない。のに、知っている。おかしな話だ。矛盾している。
だが、元々自分は矛盾しているのだ。そう考えれば何もおかしなことなどないだろう。
そう―――――ビルの屋上で、影の少年にまるで壊れたロボットの腕をもぐようにもてあそばれているのも。
最弱のサーヴァント・アヴェンジャー。影の少年は誇らしげにそう名乗ってみせて一礼した。なにかのショウのように。
ショウ……もしかして影の少年、アヴェンジャーとやらには自分との相対は余興なのかもしれない。暇つぶしの余興。道を歩く蟻を殺して楽しむ子供のように無邪気に自分をてのひらの上で転がして。
「コンクリートは冷たいかい? オレがあっためてやろうか。こう見えてもやっさしいんだぜ、オレは、なんてったって年端も行かねえオンナノコの面倒を見てやってんだ。無償でだぜ。ロハで。すげえよなあ、偉大だよなあオレって。なあ、そう思わねえ? アンタ」
べらべらとよく喋る。喋っては腹を抱えてケタケタと笑う。その声はやはり聞いたことがないようで聞き覚えがある。
一体、どこで聞いたのだろう。一体、誰の声なのだろう。一体、何故、自分はこのサーヴァントと相対しているのだろう―――――。
「なんだよ、愛想がねえな。そんなんじゃモテないぜ? ハローハローそこのお嬢さん、ボクと一緒に遊びません? ダメですかそうですか。なら殺しちゃってもイイですよね。ダーイジョウブオレは死体でもオッケーだから、死姦でもオッケーなんてなんて心が広いんでしょう!」
甲高く笑って、影の少年は一気に顔を近づけてきた。しかしなにしろ影なものだから、顔の造作はよく見えない。夜であるからだとか、そんなことは関係ない。“アーチャー”としてのこの鷹の目。遥か遠くまで見通して暴きだすものだが、この影の少年の顔だけはどうしたとしても茫洋として判別がつかなかった。
……ただ。
どこかで、見たことがあると。そう、心の奥底で訴えるものがあった。
「本当にアンタはよく似てる」
唇を吊り上げて影の少年が笑う。無邪気で、同時に禍々しい笑み。異質なものを表すには、なんてありきたりな表現だろう。
「オレのマスターもそうだ。痛いことが大好きで、呆れるくらいに不器用に無様に生きてる。なあ、アンタもしかして、マスターの生き別れの兄か弟かなにかか? そうじゃなきゃ説明がつかない。どうしてこんなにオレがアンタに欲情するのか、その説明がさ」
黒い黒い目が細まる。
「鉄面皮で後ろ向き―――――ひたすら回り道をする自己改革。間違っているとわかっていながら、大したもんじゃないと毒づきながら、ジタバタあがいて明るい方に向かっていく」
その瞳孔が、きゅう、と縮まった。
黒い中で、そこだけが赤い舌が唇を音を立てて舐め回す。
「ゾクゾクしちまうぜ、まったく」
衝撃が喉元を襲った。絞め上げる動き。力は弱いというのに、どうしてか振り払えない。抗えない、引きはがせない。喉仏を絞めつける動きにかは、と呻いてのたうちまわる。何の強制力か。必死に分析する思考もほどけ、捩れていく。
「ああイイなあこの感触! マスターはオンナだからこう、いまいち手応えがないんだよな。胸ばっかりでかくて―――――まあそれはイイんだけどさ、いつかあの胸のあいだに挟まれてみてえなあ。なんてことはどうでもいいんだけど。今はアンタだ。どうしようかなあ。ヤッちまおうかなあ。それとももう少し遊んでもらおうかなあ。あ、ヤッちまうっていうにも二種類あるよな? おいおいどうするよ、オレ困っちまうよ。ヤッちまってからヤッちまってもいい? だけどアンタは一度死んじまったらオレたちみたいに生き返らないんだよなあ―――――ちぇ、つまんねえ。なんでこんなに美味そうなのに一度で死んじまうわけ? オレ超納得行かないんですけど。やっぱり美味いもんは何度も噛みしめて楽しみたいじゃん。ほらアレだ、チューインガム。あれ? アレってずっと噛んでたら味なくなって結局終わり? あっれえ? ひひひ、ダメじゃんそれじゃ、そしたら吐き捨てるしか道はねえじゃん、ざーんねん」
まくし立てるように喋ったかと思うと、ぴたりと口をつぐんで影の少年はじっと顔を覗きこんできた。
真顔になって、さっきまでの躁状態が嘘のようにささやく。
「……やべえ。勃っちまった」
だってアンタすっげえイイ顔するんだもん、と困り果てた子供のようになおもささやいて、さらに顔を寄せてくる。
「チュウしちまうけど、いいよな?」
拒絶しようにも声が出ない。目だけを動かせて相変わらず茫洋とした姿を見ようとしたとたん、くちづけられた。


―――――ェミャシロゥ―――――


頭の中に浮かんで、消える。重なった唇がそこから混じりあって溶けあっていきそうだ。
ちゅぱ、と音を立てて影の少年は舌を使う。その愛撫は……愛撫と呼べるのならば、だが……ひどくつたない。それでも、何かが浮かびかけた頭に靄をかけて、意識を陶然とさせるのには充分だった。
技巧だとかそんなものは関係がなかった。相性。ひとことで説明がついてしまう。
根源が犯されていく、犯していく。根を張って根を張られて、侵食されて侵食して。
ひとつになる。
性交など、いらない。触れ合うだけで、ただ。


「…………ふぁ、は」
初めて声らしい声が漏れた。口端を粘性の高い唾液が伝って流れていく。
黒い目がまたたく。それが一瞬だけ琥珀色に変わって―――――また、黒いそれに戻った。


空に月。すべてを暴き立てるような月光はけれど、影の少年の正体を暴くことはなかった。



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