アーチャーの部屋はまだ薄暗い。
朝は早い彼だったが、今日はまだ眠っていた。代わりにランサーが起きている。朝釣りの帰りのためだ。
「おいアーチャー」
いたずらっこのように小声で。少し笑ってしまいながらも。
だって、相手があまりにも幼くていとけない。いつも眉間に寄せてる皺が今もあって、なんだかそれも可愛らしい要因にしかならないというのは惚れた弱みか。
「しょうがねえよなあ」
つぶやいた声が意外に大きくて、ぱっと広げたてのひらで隠す。そろそろと見てみたがアーチャーはまだ眉間に皺を寄せて眠っていた。喋っていたので驚いたがどうやら寝言のようだ。セイバーそれは一人一個だ、とか、凛、色柄ものは分けろ、などと言っている。たまに声もなく眉間の皺を深くしてみせるのは、衛宮士郎との喧嘩だろうか。
微笑ましい……微笑ましい?いや、いいのか。どうせ夢だ。
「ん……ランサー……」
返事をしそうになって慌てて押さえた手に力を入れる。
待て!これは寝言だ!危ない、伏せろ!
「豆腐を……買ってきてくれ……ちがう……そうだ、木綿だ……」
あれ、何の話?
トウフ?モメン?と答えそうになって、また窒息するほど力をこめた。危ない危ない、またトラップだ。しかし、今度はずいぶんと長い。他の相手には小言だけのようだったのに、夢の中のランサーとはなにかしら会話を続けているようだ。
夕飯の買い物の話みたいだけれど。
「オレはソーメンが食いたいな」
つぶやく。これはたぶんセーフのはず。
「わかった…………」
と。
答えられてランサーは目を白黒させる。
マジでか。
アーチャーの顔を覗きこんでみる。寝顔だ。眉間の皺もまだある。サーヴァントは本来睡眠を必要としない身だというのに、本当によく眠っている。
ためしにランサーが眉間の皺をちょんとつついてみるが、呻くだけでまぶたを開けはしない。
かなり深い眠りの底にいるようである。


ランサーは一度身を起こして、やや痛んだ腰をごきごきとほぐした。
んー、と伸びをする。
「…………」
再び身を屈める。眉間に皺を寄せるアーチャーに言った。
「アーチャー」
「ん…………」
「おまえが好きだ」
「…………」
「大事にしてえ。……愛してる」
「…………」
ちくたくちくたくちくたく。
聞こえてくるのは隣の部屋の時計の音だ。アーチャーは時計を部屋に置いておかない。体内時計とやらですべてわかるそうだ。
まったくもって地域密着型の英霊である。
まあ自分も人のことは言えないか、とランサーは立ち上がって自分の部屋へと戻ろうとした。口端には矛盾した、甘い苦笑。そのときだ。
「……うん……」
振り返る。
眉間に皺がない。薄く、眠ったままのくせに、笑っている。
アーチャーの姿。
「アーチャー?」
「私も……好きだ」
「え?」
「好きだ、ランサー」
笑っている。
え?
ランサーもつられて笑おうとする。
上手く笑えない。
顔が熱い。
なんじゃこりゃあ。


先日再放送のドラマで見た刑事の殉職セリフを叫んで、ランサーは顔を覆ってアーチャーの部屋から駆けだした。
完全に負けた。負けた負けた負けちまったんだぜ。
「おいランサー、朝からうるさいぞ」
うるせえな、たったいま未来のおまえに負けてきたんだよ。
内心で絶叫して、ランサーは衛宮邸の廊下をひた駆けた。
今回の勝負、勝利―アーチャー、敗北―ランサー。



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