玄関を入って、すぐに台所。
シンクは小さいがピカピカに磨かれていて、みすぼらしさはない。向かいにはトイレと風呂。これも小さいが共同ではないだけましだというものだろう。そして廊下をまっすぐ行けば、四畳半の部屋がひとつ。以上だ。
さて、そこに住む住人といえば男が二人。豪奢な金髪の男と、慎ましげな銀髪の男だ。
その雰囲気は性質にそのまま出ているらしく、金髪の男・英雄王ギルガメッシュはとにかく金をよく使う。
銀髪の男、英雄王が呼ぶところの贋作屋・弓兵アーチャーはそれに日々頭を悩ませていた。新聞(世界情勢を知るために取っている)は窓を拭くから捨てるなと言っているのに勝手に捨てる。たまに切り抜いてはスクラップでもするのかと思えば放置だ。意味がわからない。
「切り絵というものの練習をしてみた」
テレビで見て面白そうだったものでな。
14インチのテレビで演芸番組をみる英雄王。笑点か?笑点なのか?エンキドゥよこの者の座布団全部持っていくがよい?
想像つかん。
いやついてるだろうというツッコミをするものは誰もいない、基本的にこのアーチャーコンビ、ボケとボケ同士なのである。
弓兵アーチャーはツッコミもするが、自分に対しては大海原のごとく、限りなくボケなのだ。
じぶんにやさしく。
「おい、英雄王!」
そして今日もまた苦労人、弓兵アーチャーの声が四畳半に響き渡る。
「なんだ贋作。大きな声を出すとまた大家に叱られるぞ」
「大家のことはいい! もう話を通してある。それよりも今はおまえに説教をするほうが大事だ」
「相変わらず手回しのいい奴だ。……まあいい。我は心が広い。そしておまえも嫌いではない。話を聞いてやっても良いぞ、贋作」
「それが人の話を聞く態度か! いいから体を起こせ! 菓子を食べるのをやめないか! そんなものは体に悪い!」
某社のポテトチップス。セール品98円(税込)。
その袋を不満そうにがさがさと鳴らすと、ぺろりと指先についた化学調味料を舐め取り英雄王ギルガメッシュは半身を起こした。
「全身を起こすんだ!」
「騒々しい奴だ。……夜ももっとその調子で鳴けばよいものを」
「………な……っ!」
「素直になれ、贋作。おまえも怒鳴り散らすよりはいい声で鳴きたかろう? 快楽が欲しいだろう? ん?」
「いきなり何の話を始めるか! 相変わらず人の話を聞かないな、おまえは……!」
「おまえの悦い声なら聞いてやらんこともないぞ」
「いい加減に……」
しろ、と言おうとした唇が塞がれて、アーチャーは目を白黒させる。塩辛い味。こんな時でも食べ物の味を分析してしまう自分が嫌だと自虐に陥ってしまった。それもまた、アーチャーの特徴だ。
ざらりとした感触だった唇が触れ合うたびに擦れあって、なめらかなものになっていく。舌に感じた味も唾液でふやけて不明瞭なものへ姿を変えた。
褐色の口端を零れ落ちていく唾液はわずかに泡立って白い。透明でないのがやけに扇情的で卑猥だ。
「っん、ふっ」
「おい、目を閉じるな。我の美しい顔が見えんだろう」
それに、我もおまえの羞恥に歪む顔が見たい。
だから目を開けろ、と服の裾から手を入れながらささやく。黒い、たっぷりとした生地のシャツがひらめき胸元を探られたアーチャーは身悶えた。
「勝手なことを……っ!」
「当然よ、我は王である。贋作屋風情であるおまえにかまってやっているのだ、それだけで有りがたいと思わぬか」
それ泣け、と胸の尖りを抓られる。びくんと背中が大げさにしなってしまいつい目を開けてしまう。
するとそこには美しい赤い瞳があった。
―――――赤い、といえば槍兵ランサー、冬の娘イリヤとてそうだ。だがこの瞳は彼ら彼女らとは違う。見るだけで縛られそうになる魔眼……例えるならそんなものだろうか。
ほら、今だって効果は抜群だ。アーチャーは動けなくなってしまったではないか。
「力を抜け。……可愛がってやろう。王の寵愛をその全身に受けるがよい」
「……触る、な……」
「黙れ、愛してやると言っているのだ。存分に乱れよ贋作、我が許す。―――――さあ」
「あ…………!」


暗転。


「おまえは! だから! 人の話を聞けと!」
「涙目で何を言っても説得力がないぞ、贋作。なんだ? 人には部屋を汚すななんだのと言っておきながらおまえが汚しているではないか。ほれ、どうだ。見えるか? 我の手が汚れてしまったであろう。……舐めろ」
「……だから人の話を聞けというに!」


要するに、子供のしつけは早いうちにやっておけという話である。



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