四畳半内に甲高い声が響く。豪奢な金髪男の手から必死に逃げようとする銀髪の少年。年のころは十……代、に届けばいいかな、届け、ぜひ届いてくれ、という感じだ。
もしかしたら一桁かもしれない。
「やめないか英雄王!」
「ふん? 何故だ?」
「今日こそは洗濯物と掃除を……っ、こら、服が伸びる! 離せ、離さんか、はーなーせー!」
じたばたじたばた。
少年―――――アーチャーは必死に抵抗するが、金髪男―――――ギルガメッシュの前ではかげろうのようにはかない。
そんなはかない抵抗はあっけなく封じられ、アーチャーは英雄王の膝の上に乗せられた。ちょこなんと。かわいらしく。
筋力の差ではない。簡単に、大人と子供。それだけのことだ。
「贋作よ、そのような身になりながらも何故労働を望む? 幼子というものは元来……」
「演説はいらん! いいからその手を離して私を解放しろ、今すぐにだ!」
小さな手が自由を求めて泳ぐ。赤い瞳の英雄王ギルガメッシュはにやにやと楽しそうに笑いながら一瞬手を離す。そうしてアーチャーが顔を輝かせて身を乗りだしたとたん、
「逃さぬぞ」
力を入れて両腕で小さな体を抱きこんだ。哀れ鳥籠に閉じこめられていた小鳥は喜び勇んで宙に舞おうとしたところを、ふたたび鳥籠の中へ。
「残念だったな、贋作? 希望の後の絶望は大きいであろう?」
にやにや。
ギルガメッシュは笑うときは本当に楽しそうに笑う。腕の中の子供よりもよほど無邪気な顔で。
んん?などと言いながらうなだれた頭をぽすぽすと叩く顔は心底“楽しそうで御座いますね王様”と生温かい笑みで言ってさしあげたくなるような有様だ。
一方アーチャーはというと、目元を赤く染め小刻みに震えている。噴火五秒前。五、四、三、二、一。
「この……っ」
「ほれ」
さあ叫ばん、としたところでぽすんと間の抜けた音を立てて小さな口に押しつけられたもの。
それを素直にアーチャーの口は受け入れてしまって、軽快に噛み砕いていってしまう。
さくさくさく。
「どうだ、新製品のカー○の味は。我はやはりチーズ味が好きなのだが限定品とあらば買わぬわけには行くまい?」
さくさくさく、ごくん。
「お、」
―――――溜め。
「おまえはまたそんなものばかり食べっ、」
ぽすん。
さくさくさく、ごくん。
「だから栄養が偏ると私が言っているのにっ、」
ぽすん、さく、ごくん。
「おお、まるで飢えた雛のようだな」
「私で遊ぶな!」
「何を言うか。我は幼子で遊んだりなどせんぞ」
港での振る舞い、見たであろう?と不思議そうに問うギルガメッシュ。そう言われればアーチャーは黙らざるをえない。
少年少女を従えて楽しそうに笑っていた英雄王。そのまわりの彼ら彼女らたちもそれはそれは楽しそうだった。一点の風景だけがやけに色鮮やかに見えたのは目の錯覚ではないはずだ。
「…………!」
だから、せめてもの抗議に眉間に皺を刻んでギルガメッシュを睨めば、彼はますます不思議そうな顔をして問うた。
指先を当てられて円を描くように動かされる。
「何を不機嫌な顔をしている? 贋作よ」
「! わかっていないのか、おまえという奴は―――――」
その口にカー○を押しこみながら、英雄王は言う。
「わかっていないのはおまえであろう、贋作。我の心遣いにも気づかず騒ぎ立てるばかりで、まったく」
「……待て。今、何と」
腕の中から見上げれば、英雄王はさらに首をかしげ。
相も変らぬペースでカー○を押しこみつつ眉根を寄せた。
「本当に愚かよな。いいか? 日頃のおまえは働きすぎてつまら……疲れているであろうと我は常々思っていたのだ。だから我の秘蔵の薬を使ってその姿にしてやったのだぞ? 幼子であれば家事にその身をやつす必要もあるまい?」
「私はやつれるほど夢中になって家事をやった覚えはないのだが……英雄王よ、まさかおまえがそんなことを考えているとは」
思ってもみなかった。
目と口を丸く開けてアーチャーがそう言えば、ギルガメッシュはむ、と自身が子供のように唇を尖らせて。
「無礼な」
「日頃の自らの言動を考えてみたまえよ……」
「…………」
英雄王は天井を見て、数秒黙り。
「素晴らしい。さすが我だ」
「何を見た」
「日頃の我だが?」
スナック菓子食べて、ゴロ寝して、テレビ見て、商店街ブラついて大判焼きやコロッケをパクつくののどこが素晴らしい。
というか、食べすぎだ。
食べすぎだ英雄王。
「サーヴァントだからいいものを……」
「ん? 何か言ったか、贋作」
「何も」
言い終えてため息をついて、ようやっとアーチャーは自分の口にカー○が押しこまれていないことに気づく。またも腕の中から見上げてみれば、
「だから食べすぎだと言っているだろうに!」
「うん?」
ギルガメッシュが食べていた。もりもりと。
カー○だいすき英雄王。
ぼくらの英雄王。
わーわー。
―――――ゆるみきっている。自分の頭も英雄王の頭も、とアーチャーは思った。そして自らを拘束する腕も―――――!
「おっと」
つかまった。
「逃げられると思っていたか? 贋作」
「イイエ」
「そうであろう」
ぷらんと垂れ下がる足。裸足だ。だらしない。
自分を支える腕を手で叩いて、アーチャーはまたため息をつく。
「逃げん。逃げんから、この扱いはよしてくれないか」
まるで犬猫の子供のような。
ふむ、とギルガメッシュは顎に手を当て。
「ならば、これでどうだ」
膝の上へ逆戻り。
ゆらゆらと揺らされながら思うことは。
(まあ……これでもいいか)
あきらめに似た考え。
たまにはいいか、などと。
益体なしなことを、考えた。


「で……私がしないのなら、代わりに家事をしてくれるのだろうな? 英雄王」
「何故我が? 我は王だぞ」
(駄目な大人……!)



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