ぱちん!という音が居間に響き、それぞれの時間を過ごしていた面子が一斉にそれに注目した。
「あー。やられたわ、わたしとしたことが」
その中心源、凛はむきだしになった己が二の腕を見やって口を尖らせる。白く瑞々しい素肌には赤い刺し跡ひとつ。
「蚊か。そういやもう七月なんだよな」
「もう七月よ。一年の半分を消化したわ」
この年になってからちょっと一年の経過が早すぎるのよねなんてつぶやいていた凛は、「嬢ちゃんよ、その若さでなに言ってんだ」との言をいただいていた。
確かに彼女にはまだ早い、のではないだろうか。
「うう、後から痒くなりそう……士郎、薬ってある?」
「ああ、ちょっと待ってろ遠坂。確かここに……」
言って、士郎は席を立った。居間の端にある棚の上の開きをからり。そして中の容器を取って凛に放ってよこす。
「ありがと」
それを凛は絶妙なタイミングでナイスキャッチする。次いで蓋を開け、すいすいと刺し跡に塗りだした。
「ふー。ひんやりするわね」
あってよかった虫刺され薬。
ため息をつく凛をじっと見守っていたランサーは、ふと突いていた頬杖を解いて。
「?」
皆が不思議そうに見守る中、立ち上がるとある一点を目指して歩いていった。
やがてランサーが辿りついたのは、
「? ――――どうしたのだね、ランサー。何か用か」
な、という続きは音ほど同じだが意味が異なった。
「な、な、ななななな」
大きくフルスイング。
「何をしてるんだ貴様は!」
だが らんさーは それをかれいによけた!
あーちゃーは はがみした!
「ちょっとランサー!」
アーチャーが叫んでフルスイングするわずかな間だけぽかんと様子を見守っていた面子の中、凛がいち早く解凍されて動きだす。険しい顔になって涼しい顔のランサーにガンドを放ちかねない勢いで指を突きつけ、
「あんた、なにわたしのアーチャーにセクハラしてくれてんのよ!」
「いや違うって、セクハラなんかじゃねえよ。オレはただ、アーチャーが虫に刺されてねえかなって確認を」
「違うわよ今のは絶対そんなんじゃなかった!」
「いや違うって」
言い張るランサーだが、傍目から見れば突然他人の胸元を確認した時点でそれはセクハラだった。
頭痛が痛い……思わずこめかみを押さえてしまったアーチャーは片手でさっさと乱れた胸元を直しながら、
「そもそもだ! 蚊がサーヴァントを刺すものかね!」
「そんなのわかんねえだろ、やってみてもらわねえとよ」
「やってもらわなくとも結構だ!」
私には確信がある!
叫んだアーチャーに、低く押し殺した甲高い声が。
「確信とかそういうものは置いておいて、随分と大きな虫が一匹あなたにたかってるみたいねアーチャー」
イリヤだった。
お姉様だった。
後頭部をかきつつきょとんとした顔でランサーはイリヤを見る。
「え、ほんとかアーチャー。いけねえな、そいつはすぐオレが退治してやる――――」
「あなたのことよランサー!」
…………、。
正論だった。
「オレ? なんでだよ。オレは虫じゃねえし、義姉さんにそんな形相で食ってかかられることも」
「してるじゃないの! あとねえさん呼ばわりはやめてちょうだい!」
吼える凛とイリヤ。桜はおろおろしている。
「落ち着いてください、凛、イリヤスフィール。確かにランサーはアーチャーに卑劣なことをしました、けれど……」
「なにセイバー、あなたこの虫の味方するの!」
「だから虫じゃねえって」
「いいえ、ただわたしは」
すう、と息を吸い込んで、セイバーは。
「勢いに任せて突っ走るなんてもったいない。じわじわととどめをさすべきと、そう言いたいのです」
「意外と粘着質なんだなセイバー!?」
知らなかったぞ!と士郎。ちなみにセイバーさんお目目まっ金々である。
「蛇のようなサーヴァントがわたしの他にいたとは思いませんでしたが」
無駄に艶めいた声でライダー。あなたは獅子ではなかったのではセイバー?
言うがその言葉は血気盛んな乙女たちには届かない。
「アーチャーはシロウであり、すなわち同時にわたしの大事な鞘だ。その鞘に傷をつければ……どうなるかわかるだろうなランサー?」
「人の弟を傷物にしておいてよく平然とこの世に存在できたものねランサー! いいえ巨大な虫!」
「平手で潰してやろうかしら……!」
黒っぽくなってるセイバーさんと虫呼ばわりなイリヤさんと完全に虫扱いな凛さん。
そして真っ赤になって自分を睨みつけているアーチャーさん、からのすべての重圧を一手に受け止めて、ランサーは。


「愛があればセクハラじゃねえだろ?」


「な」
――――かあ、とさらに赤くなったツンデレアーチャーを置いといて、三人の乙女たちは殺気をいや増し。
「エクス……」
「やっちゃえバーサーカー!」
「蜂の巣にしてあげる!」


至近距離からの斬撃・殴打・射撃を受けても無事だったのは。
愛の力か?ということで。



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